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2007.09.04

オシ17形 食堂車

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

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車幅拡大により、日本の食堂車で全テーブル4人がけ・定員40名とした
初めての食堂車。
(それ以前の食堂車は片側テーブルが2人がけで、最大定員30名であった)

講和条約発効に伴い占領軍から順次返還されつつあった展望車や食堂車など、
戦前製3軸ボギー式客車の台枠を流用し、長野、高砂の両工場で車体を新製した。

4人がけ実現のために、車両限界いっぱい(2,950mm)まで最大幅を広げ、
裾を絞った車体断面で、
当初より床下搭載のディーゼル発電機を電源とする冷房装置を搭載した。

厨房内については、マシ36形→カシ36形で試みられた電気レンジの失敗から、
完全電化は時期尚早と判断され、マシ35形以前と同様の「石炭レンジ」を搭載していた。

新製当初は、東海道本線の特急列車、「つばめ」・「はと」に、
続いて、東北本線・常磐線に新設された特急「はつかり」に用いられたが、
1960年に3列車が電車・気動車化されたあとは、全車急行列車用に転じ、
増備車を含め、老朽化した戦前製食堂車の淘汰に充てられた。

1972年11月、本形式中の1両、2018が北陸トンネル火災事故の火元となったことから、
事故後直ちに全車の使用が停止され、2両が教習車オヤ17形に改造された他は、
すべて廃車解体された。

オヤ17形に改造されたうちの1両、2055が外観のみ復元され、
碓氷峠鉄道文化むらで保存されている。

(Wikipediaより)

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◎Google検索「オシ17」
  http://www.google.com/...

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