ED42

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影
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ED42形電気機関車は、日本国有鉄道(国鉄)の前身である
鉄道省(のちの運輸通信省)が製造した直流用電気機関車である。
信越本線横川~軽井沢間(碓氷峠)の急勾配区間用アプト式電気機関車で、
ED40形の置き換え用として導入された。
基本設計はスイスから輸入したED41形を参考とし、
1934年(昭和9年)から1948年(昭和23年)までの間に、
日立製作所、東芝、川崎重工業、三菱重工業、汽車製造で28両が製造された。
車体は前後とも切妻の箱形車体で、車体前後端にデッキが設けられている。
運転台は坂下の横川寄りにのみ設けられた片運転台型である。
前位側の屋根上に停車場構内で使用するパンタグラフを1基搭載する。
本線上では第三軌条から集電するため、集電靴が片側2か所に設備されている。
走行部のシステムは、モデルとしたED41形と基本的に同一である。
電動機は、動輪用に2基、アプト式軌条のラックレールに噛み合わせる
歯車駆動用1基の計3基が搭載されている。
ラック台車(歯車用台車)は車体中央部に設けられ、動輪の第2軸、第3軸に
荷重を分担して負担させるようになっている。
走行用台車はボギー式となり、各台車のホイールベース間に電動機1基ずつが装架され、
動力は側面のジャック軸から連結棒で各動輪に伝達される。
その用途から一貫して横川機関区に配置され、
信越本線横川~軽井沢間において運用された。
1963年(昭和38年)9月30日に横川~軽井沢間が全面的に粘着運転の新線に切替えられ、
アプト式ラックレール区間を廃止したことで本形式は役目を終え、
同年12月9日に全機が廃車、除籍されている。
横軽間のアプト式廃止後、1号機が横川駅構内に、
2号機が軽井沢町の東部小学校に静態保存された。私鉄への譲渡機はない。
横川駅の1号機は、機関区の庫内に保存されていたが、
1967年(昭和42年)10月14日に準鉄道記念物に指定された。
また、1987年(昭和62年)に碓氷線電化75年を記念して、
横川運輸区と大宮工場(現在の大宮総合車両センター)の手により動態復元され、
運輸区内で走行を行なっている
(架線電圧が違うため、降圧用の機器を搭載したヨ3961(ヨ3500形車掌車)を連結した)。
その後、1999年(平成11年)4月に開館した碓氷峠鉄道文化むらに移されたが、
現在は静態保存となっている。
(Wikipediaより)
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