桜馬場遺跡 末盧国の王墓 再発見 63年ぶり特定
佐賀県唐津市教委は21日、中国の史書「魏志倭人伝」に登場するクニの1つ
「末盧(まつろ)国」の王墓としていったんは発見されながら、
その後、所在地不明となっていた桜馬場遺跡が63年ぶりに同市桜馬場で確認されたと発表した。
遺跡からは、最高権力者が所有したとみられる大量の副葬品や
甕棺(かめかん)の破片が見つかり、同市教委は末盧国の王墓と断定した。
学術調査によって、弥生時代のクニの王墓が特定されるのは国内3例目。
同遺跡は戦時中の1944(昭和19)年、地元住民が防空壕(ごう)を掘る際に見つけ、
後に国の重要文化財に指定される鏡や腕輪などが出土。
埋め戻されて場所が不明になったが、今年、市が宅地調査で再び発見した。
発掘調査で出土したのは、弥生時代後期(1世紀後半‐2世紀前半)の副葬品。
最高権力者が所有したとみられる「素環頭大刀(そかんとうたち)」の一部や
ヒスイの勾玉(まがたま)、首輪に使われたとみられる2000個以上の青いガラス玉など。
44年に発見された中国・後漢の「方格規矩鏡(ほうかくきくきょう)」(国重文)や
装飾品「巴形銅器(ともえがたどうき)」(同)、「内行花文鏡(ないこうかもんきょう)」と
合致する破片も含まれている。
魏志倭人伝に記述されたクニは三十数カ国で、位置がほぼ特定されているのは
「対馬国」(長崎県対馬市)や「奴国(なこく)」(福岡県春日市)など5カ所のみ。
うち学術調査で甕棺や木棺墓が確認され、埋葬位置が特定されているのは、
これまで「伊都国(いとこく)」(同県前原市)の2遺跡だけだった。
◎西日本新聞 2007年11月22日
http://www.nishinippon.co.jp/...
◎Google検索「桜馬場遺跡」
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