「鉄鏡」に新説 敗走奴国の王族が持ち込む?
日田市内で出土し、現在は九州国立博物館(福岡県太宰府市)に展示されている
金銀錯嵌珠龍文(きんぎんさくがんしゅりゅうもん)鉄鏡(国指定重要文化財)をめぐり、
同博物館の河野一隆・文化交流展示室長(41)が3日、日田市内で講演。
弥生時代、伊都国(いとこく)(福岡県前原市一帯)との覇権争いに敗れた
奴国(なこく)(福岡市一帯)の王族が持ち込んだ宝物の一部ではないか、
とする新たな仮説を明らかにした。
鉄鏡は1933(昭和8)年、旧国鉄久大線の敷設工事に伴い、
同市日高のダンワラ古墳から出土した。
金銀が埋め込まれた鉄鏡としては国内では唯一の出土品で、
中国の漢(紀元前3‐3世紀)から日本の王族にもたらされたものとされるが、
なぜ日田から出土したのか、なぞに包まれている。
河野室長によると、弥生時代中期、九州北部には
伊都国と奴国の二大勢力があり、互いに華北(中国)、楽浪(朝鮮半島)との
交易・交渉窓口をめぐって覇権争いを展開。
紀元前後に勃発した倭国の大乱の末、伊都国に敗れた
奴国の王族の一部が難を逃れる際、金印(漢委奴国王印)を志賀島へ、
鉄鏡を日田に持ち込んだのではないか、との新たな見方を示した。
河野室長は、日田市刃連町から出土し、同じように中国・漢からもたらされたとされる
大小2個の金錯鉄帯鉤(きんさくてつたいこう)(帯留め)を含め、
「日田には奴国の王族と血縁関係がある人物がおり、
奴国の王族の一部がセットで持ち込んだ可能性が強い」とした。
そのうえで、鉄鏡、帯鉤とも同じ様式の出土例がなく、
比較検討による研究が進んでいないこともあり、
河野室長は一帯の基礎調査と調査結果の公表を求めた。
◎西日本新聞 2007年11月6日
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