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2007.12.14


柳沢遺跡で礫床木棺墓群を発見

弥生時代中期の青銅製祭器の銅戈(どうか)7本と銅鐸(どうたく)が出土した
中野市の柳沢遺跡で、同時代中期から後期とみられる礫床木棺墓(れきしょうもっかんぼ)群が
新たに見つかった。青銅製祭器との関係はまだ不明だが、
専門家は「水田、青銅祭器、墓地が一体的な遺跡は全国的に新しい例」としている。

県埋文センターなどによると、礫床木棺墓群は先月16日ごろ、
祭器をまとめて埋めた穴の北約10メートル付近で見つかった。
用水路の下にあり、調査が後回しにされていた1帯で、同センターの報告を受けた
県遺跡調査指導委員会が現地調査して九基の墓と確認した。
一基からは副葬品とみられる長さ約2センチの管玉も見つかっている。

柳沢遺跡調査指導委員会の笹沢浩委員長は「栗林遺跡(中野市)や松原遺跡(長野市)など
善光寺平で見つかっている礫床木棺墓群の特徴と一致している」と説明。
しかし、これまで知られている礫床木棺墓群と異なり、
中央に約2メートル四方の大型の墓があり、笹沢委員長は「リーダー的な存在か。
社会構造を考える上で興味深い」としている。

同センターでは来春以降、個々の遺構を精査し、時代の特定や集落遺跡とのかかわり、
青銅製祭器との関連を調べる予定。

◎中日新聞 2007年12月4日
  http://www.chunichi.co.jp/...

◎Google検索「柳沢遺跡」
  http://www.google.com/...

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