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2008.01.14

スハフ43

静岡県・新金谷駅にて平成19年9月に撮影 / スハフ43-2

静岡県・新金谷駅にて平成19年9月に撮影 / スハフ43-3

静岡県・新金谷駅にて平成19年9月に撮影 / スハフ43-3

静岡県・新金谷駅にて平成19年9月に撮影 / スハフ43-2

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国鉄スハ43系客車とは、
日本国有鉄道(国鉄)が1951年から急行列車用に製造した客車の形式群である。

在来型の客車に比して居住性を大幅に改善した画期的な客車であった。
当初は特別急行列車にも使用され、
1970年代まで日本全国で急行列車運用に広く充てられたほか、
後年は普通列車でも運用された。

国鉄が定めた制式の系列呼称ではなく、
軽量客車と称された10系と従前のオハ35系との間に位置する、
同一の設計思想によって製作された客車を総称する、趣味的・便宜的な呼称である。

スハ43形を代表としたスハ43系客車の呼称が一般的である。

具体的には、三等車のスハ43形、スハ44形、スハ45形、オハ46形、
三等緩急車のスハフ42形、スハフ43形、スハフ44形、オハフ45形、
三等荷物合造車のスハニ35形、特別二等車のスロ53形、スロ54形、
食堂車のマシ35形、マシ36形、
郵便車のスユ41形、スユ42形、スユ43形およびこれらの改造車が該当する。

また、1950年度に製造された、特別二等車のスロ51形、
寝台車のスロネ30形、マイネ41形および郵便車のオユ40形についても、
車体構造などに共通点が多いため、同じ系列に含めることが多い。

オハ35系の改良版として設計され、急行列車に使用することを前提として製造された。

鋼体化車両と称されたオハ60形(1949年)で採用された
完全切妻形車体(連結面に後退角がない車体)を採用した。

これにより客室の有効面積が拡がり、座席間隔がわずかではあるが広くなった他、
製造上もデッキ部分の工数が減ってコストダウンにつながっている。

従来の緩急車は、出入り台と客室の間に車掌室を設けていたが、
本系列ではオハ60系と同様、車掌室を車端部に移した。
これは車掌の後方監視の改善に寄与している。

生産時期は戦後復興が進展してきた時代であり、
内外装の仕上げも戦後の混乱期に比して良好なものとなった。


特急形車両(スハ44系)

1951年に特急列車のサービス改善を目的として、
戦前のスハ34形に相当する専用三等客車が設計された。

それらは基本構造はスハ43形に準ずるが、デッキは特別二等車並みに片側のみとされ、
車内は2列配置の一方向き固定クロスシートが
シートピッチ835mmで通路の左右に配置されるなど、
まだ戦災復旧車の70系や窮屈な60系鋼体化客車が当たり前に使われていた当時の
一般向け三等客車とは比較にならない高水準なアコモデーションを備えていた。

このグループとしては基幹形式であるスハ44形(1~34)、
緩急車として車掌室や手ブレーキ装置を持つスハフ43形(1~3)、
それに緩急車としての機能に加えて荷物室を持つ
スハニ35形(1~12)の3形式49両が製造されている。

新造後は当初の計画通り、東海道本線特急「つばめ」・「はと」や
東北本線特急「はつかり」などの特急列車を中心に使用されたが、
昼行特急はスピードアップのために電車化あるいは気動車化され、
夜行特急は寝台車主体の寝台特急(ブルートレイン)に移行したため、
冷房化されることもなく一般形車両に格下げ運用された。

なお、この格下げに際して回転クロスシートに改修しているが、
シートピッチの関係で向かい合わせ使用は不可能であった。

また、晩年に川俣線で使用されていたスハニ35形はシートが
特急時代の一方向固定式のままであった。

特急列車の相次ぐ電車・気動車化で余剰を来したスハ44系について、
観光団体専用列車や急行列車などへの転用が実施されることになった際、
一つの問題が生じた。

それは、本系列の座席が終端駅での編成全体の方向転換を前提とする
一方向固定式クロスシートであり、そのような運用が困難な団体列車や
急行列車での使用に適さなかったことであった。

そこで団体・急行列車に転用される車両について
各車の回転式クロスシートへの交換工事が実施されることとなったが、
これにあわせて10系客車などと比較して陳腐化が目立ち始めていた
内装の近代化改修もあわせて実施されることとなった。

これらの近代化改造工事を施工されたグループは、
当初は観光団体列車にオハネ17形などと共に運用されていたが、
1964年の東海道新幹線開業後は幹線系統の
急行列車の普通指定席車に充当されるようになり、
「瀬戸」・「明星」・「銀河」・「日南」・「筑紫」・「さんべ」などの
東海道・山陽線夜行急行を主体に使用された。

その後は1970年代以降格上げによる特急列車への種別変更と、
1975年の山陽新幹線博多開業で急行列車が激減し、
また車両そのものの老朽化も進行したことから、
最後まで本系列を使用していた急行「銀河」へ20系客車への置き換えが決定され、
1976年をもってスハ44形の全車廃車と本系列の急行運用消滅となった。

もっとも、老朽化していたとはいえ60系よりは格段に良好なコンディションであったためか、
車掌台付きのスハフ43形についてはその大半が当時大量の60系客車を抱えていた
四国総局へ転属の手配がとられ、
体質改善工事などの大がかりな更新修繕工事を実施の上で
国鉄分割民営化直前まで使用され続けた。

その後、1986年に日本ナショナルトラストの活動により
スハフ43 2・3の2両が同団体に払い下げられ、
現在も大井川鐵道で動態保存されている。

大井川鐵道では、大井川本線にオハ47形が4両、スハフ42形が4両配置され、
オハ35形、オハフ33形とともにSL列車「かわね路号」の客車として使用されている。

(Wikipediaより)

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◎Google検索「スハフ43」
  http://www.google.com/...

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