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2008.01.01


鎌倉大仏 高徳院

「色々な面で、ど~ん!と構える体制ができるように・・」という願いを込めて
2008年の初詣は、鎌倉大仏へ行ってきました。

鎌倉大仏は、神奈川県鎌倉市長谷にある
浄土宗の寺院・高徳院の本尊(銅造阿弥陀如来坐像)で、国宝。

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▼案内板より

この大佛像は阿弥陀仏である。

源頼朝の侍女であったといわれる稲多野局が発起し、
僧浄光が勧進(資金集め)して作った。

零細な民間の金銭を集積して成ったもので、
国家や王侯が資金を出して作ったものではない。

初めは木造で暦仁元年(1238年)に着工し六年間で完成したが、
宝治元年(1247年)大風で倒れたので、再び資金を集め、
建長四年(1252年)に至って
現在の青銅の像を鋳造し、大仏殿を造って安置した。

原型作者は不明であるが、鋳工として大野五郎右エ門や丹治久友の名が伝へられる。

大仏殿は建武元年(1334年)と慶安二年(1369年)とに大風に倒れ、
その都度復興したが、明應七年(1498年)の海潮に流失以来は復興せず、
露像として知られるに至った。

大正十二年(1923年)の大地震には
台座が崩れ仏像は前に傾いたが倒れなかった。

大正十四年(1925年)台座を補強し
仏像を台座に固定せしめる耐震構造の修復がなされた。

昭和三十五、三十六年(1960~61年)の修理では、
前傾している頭部を支える頸部の力を、強化プラスチックで補強し、
大正修理でなされた耐震構造を改め、大地震の際は、
台座と佛体が離れる免震構造が施された。 
この強化プラスチックの利用と台座の免震構造は、
日本の文化財としては最初のものである。

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入口

仁王門

山号・大異山

仁王像

仁王像

手水舎

境内の様子

境内の様子

国寶 鎌倉大佛

大仏前

大仏前

鎌倉大仏・銅造阿弥陀如来坐像(国宝)

鎌倉大仏・銅造阿弥陀如来坐像(国宝)

鎌倉大仏・銅造阿弥陀如来坐像(国宝)

鎌倉大仏・銅造阿弥陀如来坐像(国宝)

鎌倉大仏・銅造阿弥陀如来坐像(国宝) 背後

鎌倉大仏・銅造阿弥陀如来坐像(国宝) 背後

鎌倉大仏・銅造阿弥陀如来坐像(国宝)

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大仏内部

大仏内部

大仏内部

▼大仏内部について・案内板より

巨大な鋳造の内部が、
このように美しく鋳型跡が判然と見られることは他に類が無い。

鋳からくり(銅壁の上段と下段の継ぎ合わせ方)がよく見られ、
鎌倉時代の巨像の工法とその技術の勝れたことがよく判る。

頸部の内面の「ねん土」を塗ったように見える部分は
昭和三十五年(1960)に強化プラスチック(ガラス布)を
張り重ねて、頭を支える力を強化したものである。

この仏像のゆかは、大地震の際にはその下の台座から離れて
地震の方向に辷るようにつくられてある免震構造、
但し、どんな地震でも仏像の重心が台座の外に出て、
仏像が倒れることは絶対にない。

プラスチックのこのような利用と免震構造とは日本文化財としては
最初のものである。

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灯篭

大仏のわらじ(茨城県松栄子供会奉納)

与謝野晶子歌碑

与謝野晶子歌碑案内

鎌倉三十三観音霊場 第二十三番札所

鎌倉三十三観音霊場 第二十三番札所

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▼拝観案内より

この大佛像は七百年前の造立て阿弥陀佛である。

僧浄光が民間に資金を勧進して造立された。

最初は木造で暦仁元年(1238)に着工し
寛元元年(1243)に完成したが
宝冶元年(1247)の大風で佛像も殿舎も破壊されたので
今度は青銅の大佛を鑄造せんとして建長四年(1252)に工を起して
佛像も殿舎も数年で完成した。

鑄工として大野五郎右衛門の名が寺伝にあり
丹治久友の名が他の記録に知られるのみで原型作者は不明である。

穂高(台座共)13.35米 青銅佛身11.312米 重量121噸

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▼Wikipediaより

国宝の銅造阿弥陀如来坐像、
いわゆる鎌倉大仏(長谷大仏の異名もあり)を本尊とする寺である。
詳しくは大異山高徳院清浄泉寺(しょうじょうせんじ)という。

開基(創立者)と開山(初代住職)はともに不詳である。

高徳院は、鎌倉のシンボルともいうべき大仏を本尊とする寺院であるにも関わらず、
その草創については、開山、開基を含め不明な点が多いのみならず、
大仏自体の造像の経緯や、誰が何のために造ったのかという事情についてさえ
資料が乏しく、今ひとつ明らかではない。

寺の草創については、鎌倉市材木座の光明寺奥の院を移建したものが
当院だという説もあるが、定かではない。

初期は真言宗で、鎌倉・極楽寺開山の忍性(にんしょう)など
密教系の僧が住持となっていた。

のち臨済宗に属し建長寺の末寺となったが、江戸時代、正徳年間(1711年-1716年)に
江戸・増上寺の祐天上人による再興以降は浄土宗に属し、
材木座の光明寺(浄土宗関東総本山)の末寺となっている。

大仏の造立については、『吾妻鏡』によると、暦仁元年(1238年)に
木造の大仏の造像が開始され、その5年後に完成したという記事がある。

同じ『吾妻鏡』には、建長4年(1252年)に銅造の大仏が造られたという記事もあるが、
「木造大仏」と「銅造大仏」との関係を含め、造像の経緯は今ひとつはっきりしていない。

当初木造の大仏が造立されたが何らかの事情で失われ、
代わりに造られたのが現存する銅造の大仏だとするのが定説となっている。

『吾妻鏡』によると、大仏の造立を「浄光」なる僧が勧めたとされているが、
この浄光については、他の事跡がほとんど知られない、
また、これだけの巨像が一僧侶の発願、勧進で造立されたと考えるのは不合理で、
造像には何らかの形で鎌倉幕府が関与していると見られるが、
そうした点についても、あまりにも同時代の史料が乏しく、推測の域を出ない。

大仏は、元来は大仏殿のなかに安置されていたが、
室町時代(明応4年(1495年)と明応7年(1498年)年の2説ある)の津波で建物は倒壊し、
以後は露座になっている。

鎌倉大仏が建立されている場所は、もともと長谷の「おさらぎ」という地名であった。
そのため、鎌倉大仏にかぎっては「大仏」と書いて「おさらぎ」と読む場合がある。
また、この地に由来のある家系には「大仏」と書いて「おさらぎ」と読む姓がある
(作家の大佛次郎はそういった家系とは関係なく、
鎌倉大仏の裏手に住んでいたため、このペンネームにした)。

銅造阿弥陀如来坐像(国宝) - 像高約11メートルは、
角張った、平面的な面相、低い肉髻(にっけい:頭髪部の椀状の盛り上がり)、
猫背気味の姿勢、体部に比して頭部のプロポーションが大きい点など、
鎌倉期に流行した「宋風」の仏像の特色を示しており、
鎌倉時代を代表する仏教彫刻として国宝に指定されている。

また、後世の補修が甚大な奈良・東大寺の大仏と比べ、
ほぼ造像当初の姿を保っている点も貴重である。

通称「鎌倉大仏」として親しまれている。

なお、拝観料と別に20円を支払えば、
大仏内部を見学することができる(内部は狭いため、一度に30人以上は入場できない)。

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◎Google検索「鎌倉大仏」
  http://www.google.com/...

◎Google検索「高徳院」
  http://www.google.com/...

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コメント

明けましておめでとうございます。
Y!ブログでいつもお世話になっている
garatahmetです。

大仏様へ初詣、意外と思いつかないです。
1年のスタートを後押ししてくれそうですね。
素晴らしき2008年になりますよう。

本年も宜しくお願い致します。

投稿 Sin | 2008/01/02 9:14:54

これはこれは、garatahmetさん・・
あっ、Sinさん ^^ ありがとうございます。

何かドカーンと力をもらえるところがいいなと
思い行ってみたのですが、良かったです。
力もらえました。^^

本年も色々とよろしくお願いします。

Sinさんも充実した一年になることを
願っています。

投稿 nohito | 2008/01/02 11:59:22

本年もよろしくお願い致します。
まだまだ沈みがちなの゛ですが、そろそろドカンと行かなきゃな。

投稿 shige-sk(の゛) | 2008/01/02 22:27:16

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。

初詣、いいですね~

ぼくは烏森神社にいきましたよ。
新橋の烏森口の名前で有名ですよね。

けして、新橋で飲んでて
そのままふらふらと初詣、
と言うわけではないですからね!(^^)

PS.今年はぜひ飲みにいきましょう!

投稿 ひろ | 2008/01/02 23:24:32

の゛さん 新年明けましておめでとうございます。^^
生きていると色々な波がありますが
なるべく前向きにいきたいものですね。
今年もブログ楽しませてもらいます。

投稿 nohito | 2008/01/04 9:42:16

ひろくん、あけおめです~v
今年は去年以上に飲めるといいですね。
(Mさんに今月の件、連絡しておきました。^^)

烏森神社・・まだ行ったことないので
今度、焼き鳥食べるついでに探索してみます。

え~~またまた・・絶対に飲んでたんちゃう?w

投稿 nohito | 2008/01/04 9:45:44

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