« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »

2008.05.29


EF70

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

------------------------------------------------------

EF70形電気機関車は1961年に登場した
日本国有鉄道(国鉄)の交流用電気機関車である。

本形式は交流電気機関車としては
数少ないF形(動軸6軸)の機関車である。

交流電気機関車は基本的にD形(動軸4軸)で製造されているが、
これは仙山線での試験の際、
予想を上回る粘着特性を示した整流器式のED45形の試験結果より、
交流のD形と直流のF形は同等の牽引力を持つと算定されたことによる。

1962年に11.5‰の連続勾配を有する北陸トンネルが開通するが、
日本海縦貫線である北陸本線の列車単位は極めて大きく、
この時点で1000t、将来的には1100tまで列車単位が引き上げられる予定であった。
これをトンネル特有の多湿環境で勾配もきついとの悪条件のなか、
D形機の単機で牽引するのは難しいという結論が下され、
余裕を持たせて交流機としては初めてF形で製造されることとなった。

当初は田村~福井間の専用機とし、
本務機としてはED74形を投入する予定とされていたが、
作り分けるのは不得策として結果的には
本形式が北陸本線の主力機として増備されることとなる。

1961年~1965年に日立製作所および三菱電機・三菱重工業により
計81両が製造された。
1964年製造の22からは大幅な設計変更がなされている。

製造されたEF70形は、北陸本線の交流電化の進捗とともに運用の場を広げていき、
最終的には田村~糸魚川間で運用されるようになった。
当初は主に貨物列車を中心にけん引したが、
のちにED70形の運用縮小とED74形の九州転出により、
多目的に使用されるようになった。

1968年10月1日のダイヤ改正で急行「日本海」が
寝台特急に昇格することになったため、
20系寝台列車牽引用に22~28が高速列車対応の改造が
松任工場(現・金沢総合車両所)で施工され、1001~1007に車番が変更された。

改造内容は、応速度増圧ブレーキ装置の新設、
電磁ブレーキ制御装置とその引通し回路の新設などである。
また、ナンバープレートがブロック式(プレートを取り付けるタイプ)に変更された。

1969年に信越本線が直流電化された際、
交直接続を糸魚川~梶屋敷間に設けたデッドセクションで行うこととなり、
これに充当する交直流電気機関車が必要となった。

こうしてEF81形が製造されるが、
この時点のEF81形は富山以遠の北陸本線北部に運用されており、
EF70形とは共存していた。
だが1974年にやはりデッドセクションを持つ湖西線が開業し、
対関西の貨物列車の大半が湖西線経由に振り分けられると、
必然的に北陸本線南部でもEF81形が進出する。

こうして地上切換方式だった田村~糸魚川間に運用が制限されるEF70形は、
EF81形のロングラン運用の前になすすべなく余剰化し、
この頃から半数以上が休車状態となる。

高速型改造を施された1000番台も1974年以降、
EF81形に特急けん引の役目を譲り、
他車と共通運用に就くようになった。

2次形以降は車齢がまだ若いことから簡単に廃車にもできず、
本形式の末期は有効な転用先の模索の歴史となる。

まず1980年に61~81がED72形・ED73形の置換用として九州に移った。

九州では電気暖房を使わないため、
本形式はブルートレインや貨物列車などをけん引したが、
軸重の関係で北部九州地区に運用が制限され、
過大出力なうえ高速列車対応機でもないことから彼地でも持て余された。

同じ頃、東海道本線・山陽本線で荷物列車牽引に運用されていた
EF58形の老朽化が深刻になり、代替機関車が必要となった。
しかし国鉄の厳しい財政事情は新造の旅客用機関車を投入することを許さなかった。
そこで、大量に余剰の発生していた本形式の直流化改造計画が持ち上がる。

計画はかなりの所まで具体化したが、
1984年のダイヤ改正で電気暖房を持つEF62形が大量に余剰になることになったため、
改造費のかかる本計画は中止となった。

このように末期のEF70形は運用効率の悪さから不遇を囲い、
1000番台に改造されたものや九州へ転属したものを含めて
1987年の国鉄分割民営化前に全機が廃車されており、
JRには1両も承継されなかった。

殆どの車両が廃車後は解体されているが、4両が静態保存されている。

4
JR西日本金沢総合車両所松任本所
(ナンバーは1を装着)

57
石川県白山市「松任青少年宿泊研修センター」

1001
碓氷峠鉄道文化むら

1003
福井県越前市「金華山やまぼうし温泉」
(ナンバプレートが盗難にあい、1005のナンバーを装着)

(Wikipediaより)

------------------------------------------------------

◎Google検索「EF70」
  http://www.google.com/...

------------------------------------------------------

鉄道, 鉄道写真5 | このエントリーを含むはてなブックマーク | コメント (5) | トラックバック (0)


カレーの店 デリー

松本駅周歩 | このエントリーを含むはてなブックマーク | コメント (0) | トラックバック (0)


中西屋本店

松本駅周歩 | このエントリーを含むはてなブックマーク | コメント (0) | トラックバック (0)


伊原漆器店

松本駅周歩 | このエントリーを含むはてなブックマーク | コメント (0) | トラックバック (0)


中央3丁目の建物

松本駅周歩 | このエントリーを含むはてなブックマーク | コメント (0) | トラックバック (0)


凡蔵

松本駅周歩 | このエントリーを含むはてなブックマーク | コメント (0) | トラックバック (0)


凡蔵

松本駅周歩 | このエントリーを含むはてなブックマーク | コメント (0) | トラックバック (0)


ミドリ薬品

松本駅周歩 | このエントリーを含むはてなブックマーク | コメント (0) | トラックバック (0)


ミドリ薬品

松本駅周歩 | このエントリーを含むはてなブックマーク | コメント (0) | トラックバック (0)


大手4丁目の建物

松本駅周歩 | このエントリーを含むはてなブックマーク | コメント (0) | トラックバック (0)


大手4丁目の建物

松本駅周歩 | このエントリーを含むはてなブックマーク | コメント (0) | トラックバック (0)


大手4丁目の建物

松本駅周歩 | このエントリーを含むはてなブックマーク | コメント (0) | トラックバック (0)


看板が・・

松本駅周歩 | このエントリーを含むはてなブックマーク | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.05.23


新しいAVG Free 8.0 のダウンロード

http://campaign.grisoft.com/...

現在の7.5は、5月31日で終了するのでご注意くたさい。

ブックマーク | このエントリーを含むはてなブックマーク | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.05.22


光正寺古墳

◎Google検索「光正寺古墳」
  http://www.google.com/...

古墳からの360度パノラマ写真 (↑写真クリックで拡大)

▼発掘調査と整備
光正寺古墳は戦後間もない1950年代初めに森貞次郎(もりていじろう)博士が、
墳丘の形状が古式古墳の形状をよくとどめているとして、
墳丘測量を行い、古墳の保護の必要性を指摘されていました。
宇美町では、1970年代から国・県の協力を受け町有化を進めてきた結果、
1975年に国指定史跡となりました。
光正寺古墳の保存整備のため、1996年から1998年までの3ヶ年で墳丘裾、
主体部の発掘調査を実施し、墳丘の規模、主体部の形状を確認しました。
そして、発掘調査の結果を基に1999年から2000年までの2ヶ年で復元整備を行い、
史跡公園として整備をいたしました。
墳丘は盛り土で保護し、築造当初の形状を再現しています。
しかし、本来は墳丘に葺石(ふきいし)が敷かれていましたが、葺石部分は復元せずに、
古墳周辺の芝生の広場と一体として利用できるように整備しました。
本来の墳丘や主体部の形状については、ガイダンス広場に1/5の大きさの
古墳模型で復元しています。
(案内板より)

1950年代の測量図

1963年頃の様子

発掘中の様子

葺石の出土状況

整備後の様子

古墳復元模型

▼光正寺古墳の特徴
築造年代は第1主体部から出土した土器が古式の土師器(はじき)であり、
福岡県内の前期古墳でも最古期に造られたもので3世紀後半に位置づけられます。
墳丘規模は全長約53m、後円部径約33mで糟屋郡内最大の前方後円墳であることから、
当時糟屋郡内を支配していたと思われる「不弥国」王の墓と考えられます。
(案内板より)

前方部

後円部

▼埋葬施設
埋葬施設は、後円部中央に第1主体部(築造当初の墓)を埋置(まいち)しています。
第1主体部は、大型の箱式石棺を川原石で囲んでいます。
石棺の石材は、能古島(のこのしま)の玄武岩や月隈丘陵(つきぐまきゅうりょう)の
緑色片岩(りょくしょくへんがん)、若杉山の滑石(かっせき)などが使用されています。
第2主体部は、第1主体部の北東側に箱式石棺が築かれていました。
石棺は破壊されていましたが、発掘調査で石棺の石材には地元の砂岩(さがん)を
使用していることがわかりました。
第1主体部の南側では、第3主体部(割竹形木棺/わりたけがたもっかん)と
第4主体部(土器棺/どきかん)を、
また第1主体部西側に第5主体部(箱式石棺)を確認しました。
第1から第4主体部は、主軸を東西方向に整然と並べて築かれ、
頭位(とうい)は西に向けていたと推定されます。
これらに対し、第5主体部は南北方向に主軸を向けて造られています。
主体部の築造は、第1、2、3、4、5主体部の順に造られたようです。
(案内板より)

主体部の構造

宇美(光正寺古墳)含んだ広域地図 (引用:mapion)

宇美(光正寺古墳)からのルート例 (引用:mapion)

宇美(光正寺古墳)周辺広域 (引用:mapion)

参考地図:mapion
http://www.mapion.co.jp/...

--------------------------------------------------------------

【Podcasting】







--------------------------------------------------------------

【邪馬台国までの道程・各国レポート】

帯方郡→狗邪韓国
対馬国(對馬国)
一支国(一大国)
末盧国(末廬国)
伊都国
奴国
不弥国
投馬国

--------------------------------------------------------------

ケロログ・歴史ラジオ

--------------------------------------------------------------

歴史ラジオ2 | このエントリーを含むはてなブックマーク

2008.05.20


機械遺産 小菅修船場跡の曳揚げ装置

© 中部産業遺産研究会事務局

◎Google検索「小菅修船場跡 曳揚げ装置」
  http://www.google.com/...

機械遺産 | このエントリーを含むはてなブックマーク | コメント (0) | トラックバック (0)


機械遺産 ゐのくち式渦巻きポンプ

© 中部産業遺産研究会事務局

東京帝国大学教授井口在屋の理論を実用化した揚水ポンプです。
井口在屋は、1905(明治38) 年に「渦巻ポンプの研究」として
羽根車の作用とポンプの損失を明らかにした理論を発表しました。

わが国の機械工学が黎明期であったこの時代、
独創的な研究が少なかった中で井口在屋の理論は画期的なものでした。

イギリスのエンジニア誌に紹介されるなど世界から称賛される理論であったのです。

井口在屋は、畠山一清と共同で流体機械の改良に関する特許を1914(大正3) 年に取り、
この実用化のために畠山一清は、井口機械事務所(現在の荏原製作所)を設立、
ゐのくち式渦巻ポンプを製作するようになり、
わが国の機械技術がこの分野では世界的な水準となったのです。

写真の渦巻きポンプは、千葉県香取郡東庄町の桁沼揚水機場で使用していたもので、
国友機械製作所が1912(明治45)年に製作、現存最古のゐのくち式渦巻ポンプです。

(by 中部産業遺産研究会事務局 Websiteより)

◎Google検索「ゐのくち式渦巻きポンプ」
  http://www.google.com/...

機械遺産 | このエントリーを含むはてなブックマーク | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.05.18


香美の伏原遺跡、3世紀前半に最盛期

五角形の竪穴式住居跡が四国で初めて見つかった
香美市土佐山田町伏原の伏原(ふしはら)遺跡は、
弥生時代後期末から古墳時代初頭(3世紀前半)に最盛期を迎え、
JR土佐山田駅から北東700メートルの地点が中心だったと、
県埋蔵文化財センターが15日発表した。

同センターの久家隆芳・主任調査員は
「土佐山田地域の歴史を解明する上で重要な発見」と話している。

2007年12月から調査していた同地点一帯約3000平方メートルからは、
全面に鋸刃文(きょしもん)と呼ばれる三角形の模様を施した石製紡錘(ぼうすい)車や、
穴を開けるために使った穿(せん)工具など約10万点が出土した。

3世紀前半のものが多く、
集落跡からは古墳内に被葬者とともに納められることが多い
金銅製の耳飾りが見つかった。

遺跡周辺に群在する古墳とのつながりを示しており、
葬られた人物を支えていた地域と推測されるという。

近くにひびのきサウジ遺跡があり、古墳を築造できる力を持つ人物が、
一帯に大規模な集落を形成して治めていた可能性もあるとしている。

また、古墳時代初頭から後期の間の出土品が少なく、
古墳時代後期(6世紀後半)に特徴的な北側にかまどがついた住居跡が
見つかっていることから、しばらくの間、他地域に集落が移動したと考えられるという。

調査は、県道建設に伴い06年10月から開始。
弥生時代後期の五角形の竪穴式住居跡や、
奈良~平安時代の掘っ立柱建物跡などが発掘されている。

◎読売新聞 2008年5月16日
  http://www.yomiuri.co.jp/...

◎Google検索「伏原遺跡」
  http://www.google.com/...

弥生時代 2008 | このエントリーを含むはてなブックマーク


壱岐・原の辻遺跡 復元、活用の段階へ

◎西日本新聞 2008年5月14日より
  http://www.nishinippon.co.jp/...

弥生時代 2008 | このエントリーを含むはてなブックマーク


三角縁神獣鏡、立体的に 計測データで画像作成

京都国立博物館は13日までに、
邪馬台国の女王・卑弥呼の鏡とも言われる三角縁神獣鏡の計測データを基に、
鋳造当時の3次元(3D)画像を制作した。

1973年に静岡県清水市(現静岡市)の午王堂山3号墳で出土した神獣鏡を、
村上隆・保存修理指導室長らがレーザー光線で表と裏両面の材質などを分析した。
組成は銅75・6%、スズ21・2%などで、本来は黄色っぽい銀色と判明した。
断面の最も薄い部分は0・6ミリ。

村上室長は「薄い部分は研磨によるものだろう。
総合的な研究で、鏡が製造された時代の高い技術の解明に迫れたと思う」と話している。

◎中日スポーツ 2008年5月13日
  http://www.chunichi.co.jp/...

◎Google検索「三角縁神獣鏡」
  http://www.google.com/...

弥生時代 2008 | このエントリーを含むはてなブックマーク


本州初の支石墓? 出雲の銅山跡で発見

縄文晩期から弥生中期にかけて、
九州北部で造られていた支石墓とみられる遺構2基が、
島根県出雲市大社町の鷺(さぎ)銅山跡で見つかった。

支石墓は数個の支石の上に巨石を乗せる特異な墓。

中国から朝鮮半島を経て国内に伝わったが、本州での出土は初めて。

大塚初重・明治大学名誉教授(日本考古学)は
「(朝鮮半島からの)鉱山技術集団が、北九州経由のほかに、
ダイレクトに山陰地方に渡ってきた可能性もある」と注目している。

地元の郷土史グループ「鷺銅山を訪ねる会」の梶谷実代表(66)が、
出雲大社から北約6キロの鷺銅山跡がある山の中腹で発見。
一帯は「石の森」と呼ばれ、
苔むした多数の岩石が数百メートルにわたって並んでいる。

遺構は、いずれも平ら状の巨石を下の岩石数個が支える構造。
大きさは、長さ1・4メートル、幅1・5メートル、高さ0・9メートルと、
長さ1・3メートル、幅0・6メートル、高さ0・8メートルの2基で、
人工的な組み合わせとみられる。

鷺銅山は、江戸から昭和初期にかけて操業したとされるが、
これまで本格的調査は行われておらず、銅採掘の歴史的変遷は不明。

梶谷代表は「出雲地方からは、弥生時代の荒神谷遺跡や、
加茂岩倉遺跡から大量の青銅器が出土。原料は出雲産とも考えられ、
支石墓と合わせ、鷺銅山の解明も必要だ」と話している。

◎産経新聞 2008年5月11日
  http://sankei.jp.msn.com/...

◎鷺銅山
  http://www.google.com/...

弥生時代 2008 | このエントリーを含むはてなブックマーク


橋下知事が売却方針の博物館敷地から大型首長墓

大阪府の橋下徹知事直轄の改革プロジェクトチーム(PT)がまとめた
「財政再建プログラム試案」(PT案)で施設売却の方針が示されている
府立弥生文化博物館(和泉市)の敷地地下に、
弥生時代の大型首長墓が埋まっていることが1日、関係者の話で明らかになった。

隣接する国指定史跡・池上(いけがみ)曽根遺跡の関連遺跡として
追加指定される可能性があり、売却は事実上、不可能だという。

同博物館は平成3年、隣接する池上曽根遺跡の発掘調査の成果をもとに、
弥生時代をテーマにした日本唯一の歴史博物館として開館した。
建物の地下遺構は破壊されていたが、国道26号からの進入路近くからは、
同遺跡の首長層を埋葬した大型方形周溝墓(しゅうこうぼ)が数基確認された。
このため、墓群は盛り土して保護している。

この土地を売却する場合には発掘調査を行うが、
史跡から100メートルほどしか離れておらず、
「近畿で数少ない弥生の大型周溝墓群」として、追加指定されるとみられる。

◎産経新聞 2008年5月1日
  http://sankei.jp.msn.com/...

◎弥生文化博物館
  http://www.kanku-city.or.jp/yayoi/

弥生時代 2008 | このエントリーを含むはてなブックマーク


日本人解剖 ルーツ 弥生人の出現(3)

◎産経新聞 2008年4月28日
  http://sankei.jp.msn.com/...

弥生時代 2008 | このエントリーを含むはてなブックマーク


日本人解剖 ルーツ 弥生人の出現(2)

◎産経新聞 2008年4月21日
  http://sankei.jp.msn.com/...

弥生時代 2008 | このエントリーを含むはてなブックマーク


銅鐸片出土、リサイクル用に壊す? 奈良・大福遺跡

奈良県桜井市の大福遺跡で、
弥生時代末~古墳時代初め(2世紀末~3世紀初め)の銅鐸(どうたく)の破片や
青銅器の鋳型が見つかり、市教委が30日発表した。

弥生時代に祭祀(さいし)に使われた銅鐸が、
古墳時代の幕開けとともに不要になり、
他の青銅品にリサイクルするために壊されたという。

同遺跡では昭和60年、地中に埋められた銅鐸が完全な形で出土。
スクラップされる一方で大切に埋められた銅鐸もあり、
“明暗”を分けた銅鐸最後の姿を知る貴重な資料になりそうだ。

銅鐸片(縦6センチ、横5センチ)は全長1メートル前後の大型銅鐸の一部とみられ、
銅を溶かす炉に空気を送る土製の送風管(長さ20センチ)や鋳型の破片とともに出土した。

市教委は、遺跡内で数十年間使っていた銅鐸を破壊し、
高温で溶かして鋳型に流し込み、矢じりなどにリサイクルしたと推定。

同遺跡は、初期大和政権の中心で、邪馬台国の候補地とされる
纒向(まきむく)遺跡の南約2キロに位置していることから、
弥生時代に神として祭られた銅鐸が、
古墳時代の新しい王権の誕生によって意図的に壊されたとみられている。

◎産経新聞 2008年4月30日
  http://sankei.jp.msn.com/...

◎Google検索「大福遺跡」
  http://www.google.com/...

弥生時代 2008 | このエントリーを含むはてなブックマーク

2008.05.05


ヨ8000形

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

------------------------------------------------------

ヨ8000形は、日本国有鉄道(国鉄)が
1974年(昭和49年)から1979年(昭和54年)までに製造した
事業用貨車(車掌車)である。

従来から使用されてきたヨ5000形やヨ6000形の補充や、
それ以前の老朽化した車掌車や雑多な有蓋緩急車などの置き換え用として、
1974年(昭和49年)から1979年(昭和54年)までに1168両が製作された。

性能や外観は従来の車掌車から大幅に変化し、
乗務環境を向上させた最新設備の形式として大量に製作され全国で使用されたが、
1986年(昭和61年)に貨物列車の車掌乗務が原則廃止され、本来の用途を喪失した。

JR移行では添乗や控車などの用途に使用するため一部が承継されたが、
使用頻度は漸次減少しており、淘汰が進んでいる。

製作メーカーは日本車輌・川崎重工・三菱重工・若松車輌センターの4社である。

室内設備は、照明の蛍光灯化、暖房の石油ストーブ化が行われたほか、
2軸の車掌車として初めて便所も設置され居住環境が向上した。

製造初期の車両は最高速度65km/hの車掌車・緩急車が多数残存していた
北海道および四国に集中投入され、
北海道に投入された車両は寒冷対策として2重窓とされている。

鉄道車両の甲種輸送や大物車による特大貨物列車への係員添乗用や
工事用など特殊用途で、わずかながら現在でも使用されている。

2006年4月1日時点の在籍数は、
JR東日本に2両、JR西日本に3両、JR九州に1両、JR貨物25両の計31両である。

(Wikipediaより)

------------------------------------------------------

◎Google検索「ヨ8000」
  http://www.google.com/...

------------------------------------------------------

鉄道, 鉄道写真5 | このエントリーを含むはてなブックマーク | コメント (2) | トラックバック (0)