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2008.07.03


田熊石畑遺跡 青銅武器計13本に

弥生時代中期前半(紀元前二世紀)の墓から
銅剣などの青銅武器5本が出土した福岡県宗像市の田熊石畑遺跡で、
周囲の墓から8本が新たに見つかり、1日までに計13本に達した。

この時期の集団墓から出土した青銅武器は、
吉武高木遺跡と吉武大石遺跡(ともに福岡市西区)の
各11本が最多とされていたが、これを上回る。
研究者らは「北部九州の有力な地域集団の1つが存在していたことを示す」と注目している。

同遺跡は、宗像市役所の南西約600メートルに位置する弥生時代の集落遺跡。
多数の住居跡などに隣り合う形で墓域がある。
現在までに約200平方メートルの区画で計9基の木棺墓を確認。
このうち、先に5本の青銅武器が出土した墓のほか5基から、
新たに同時代中期前半ごろの細形、中細形の銅剣4本、銅戈(どうか)2本、銅矛2本が見つかった。
装飾品の勾玉(まがたま)、垂飾(すいしょく)、管玉も出土した。
銅戈の1本は全長13センチで、同時期の出土品としては最小。

田熊石畑遺跡の青銅武器の数は宇木汲田(うきくんでん)遺跡(佐賀県唐津市)の9本、
吉野ケ里遺跡(同県神埼市、吉野ケ里町)の8本などもしのぐ。
小田富士雄・福岡大学名誉教授は「この時期の遺跡で中細形の青銅器が
集中して見つかったのは初めて。当時の社会構造を知る上でも重要な遺跡」と指摘。
西谷正・九州歴史資料館館長は「首長とその一族の墓域だろう。
福岡平野や佐賀平野と並ぶ有力な地域集団が宗像地域にいたのではないか」と話している。

◎西日本新聞 2008年7月2日
  http://www.nishinippon.co.jp/...

◎Google検索「田熊石畑遺跡」
  http://www.google.com/...

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