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2008.09.16

東日本最古の畑の跡か 静岡・手越向山遺跡

静岡市駿河区の手越向山(てごしむこうやま)遺跡から、
東日本で最古とみられる弥生時代中期初頭(約2300年前)の畑の跡が見つかった。
これまで東日本で最古とされた弥生後期の
植出(うえだし)遺跡(沼津市)などより400-500年古く、
農耕文化の本格的な伝播(でんぱ)以前の農業の姿をうかがわせる遺構として注目される。 

畑とみられる遺構は、静岡大人文学部考古学研究室が昨年発掘した
国道1号北側の佐渡山の東斜面に残る、
弥生中期後半の方形周溝墓の下層から見つかった。

少なくとも30平方メートルの広さに、何列にも連なる浅い溝状の跡が残り、
人が耕したように土の粒子の大きさが不規則で、古い土と新しい土が混じり合っていた。
遺構の近くからは、同じ弥生時代中期初頭の石クワが見つかっており、
発掘に当たった同研究室の篠原和大准教授は「畑の可能性が極めて高い。
耕す際に、石クワを使ったのではないか」と推測する。

同研究室は2006年3月に手越向山遺跡の発掘調査を開始。
今年3月の第3次調査で方形周溝墓の下から溝状の跡が見つかり、
畑の可能性があるとして8月から第4次調査に入っていた。

発掘現場で3日行われた報道陣向けの調査報告会で、
篠原准教授は「専門機関による土壌の分析が進んでいるところだが、
本格的な水田耕作文化が伝わる以前から、
この一帯に小規模で初期的な農耕文化が存在していたと推測できるのでは」と話した。

◎中日新聞 2008年9月4日
  http://www.chunichi.co.jp/...

◎Google検索「手越向山遺跡」
  http://www.google.com/...

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