柳沢遺跡から新たに銅鐸片3個
県埋蔵文化財センター(長野市)は12日、
昨年に東日本で初めて弥生時代中期の祭器「銅戈(どうか)」と「銅鐸(どうたく)」が
一緒に出土した中野市の柳沢遺跡で、
新たに銅鐸の破片18点が見つかったと発表した。
うち3点は昨年出土した銅鐸の一部。
ほかの破片でさらに3個分になるという。
同遺跡調査指導委員会の笹沢浩委員長によると、
同じ遺跡から複数の銅戈と銅鐸が見つかったのは、
神戸市の桜ケ丘遺跡に次いで全国で2例目。
15点の破片は、銅鐸の「紐(ちゅう)」と呼ばれる上部や、すそに当たる部分などで、
長さは数センチから10センチ程度。近畿地方を中心に出土している
僧侶の袈裟(けさ)に似た形の文様「袈裟襷文(だすきもん)」を確認できる破片もあり、
これらは比較的古い型の「外縁付紐(がいえんつきちゅう)2式」の一部とみられ、
近畿でつくられた可能性が高いという。
昨年見つかった銅鐸は流水文があり、さらに古い「外縁付紐1式」。
異なる時代の銅鐸が存在していたことになり、
同遺跡調査指導委員会委員の難波洋三・奈良文化財研究所考古第一研究室長は
「この地域は長い間にわたって、近畿地方と濃密なつながりがあったみられる」と指摘した。
同センターは、排水路を設けるため昨年度に重機で掘った土の中に、
ほかの青銅器が含まれている可能性があるとみて調べていた。
◎信濃毎日新聞 2008年9月13日
http://www.shinmai.co.jp/...
◎Google検索「柳沢遺跡」
http://www.google.co.jp/...
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