いなもいわた 第1回
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福岡市西区の元岡遺跡群で、
弥生時代中期末ごろ(紀元前後一世紀)製とみられる
鮮やかな赤い翳(さしば)形木製品の一部が出土し、
市教委が翳の復元に向けた分析を進めている。
同遺跡群は、中国の史書「魏志倭人伝」に記された「伊都国」に位置する。
翳は有力者が祭祀(さいし)などの演出に用いたとされており、
市教委は伊都国の先進性や権威を示す貴重な資料としている。
市教委によると、翳は古代中国から伝わった当時の先進的文化で、
柄の部分と先端に付いた円盤状の部分からなる。
円盤状部分の周囲に鳥の羽根を差し込み、
従者が有力者や貴人にかざして日よけやうちわ、
顔を隠す目的で使ったとみられる。
出土した翳形木製品は円盤状部分の一部とみられる半円形で、
長さ25センチ、幅8センチ、厚さ1センチほど。
もともとの円盤の直径は、32センチほどあったと推定される。
表面にはのこぎりの刃の形をした
鋸歯文(きょしもん)が二重に彫り込まれ、赤い顔料が塗られている。
弥生時代の翳とみられる破片は、比恵遺跡群(博多区)でも出土しているが、
赤色の鮮やかさなど保存状態は今回の方がいいという。
元岡遺跡群からは、古代中国の貨幣なども見つかっている。
市教委は翳形木製品について
「伊都国と中国との活発な交流や、伊都国の有力者が行った祭祀の華やかさ、
先進性のイメージをかき立てる」と話している。
◎西日本新聞 2008年10月28日
http://www.nishinippon.co.jp/...
◎Google検索「元岡遺跡」
http://www.google.com/...
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県埋蔵文化財調査センターは22日、松江市の西川津遺跡で、
弥生時代中期ごろの銅鐸(どうたく)片が見つかったと発表した。
横断面が不自然に曲がっていることから、人為的に壊されたとみられ、
同センターは「銅鐸の使用法を検討するうえでの良好な資料」と話している。
県内で出土した銅鐸は57個目だが、破片の出土は3個目。
同センターによると、銅鐸片は縦3センチ、横5センチ、厚さ1ミリ、重さ9グラム。
古墳時代中期の河川体積層から見つかった。
弥生時代中期に製作された銅鐸の下部分とみられ、
復元した銅鐸の高さは約40センチ。
橋りょう工事に伴い約250平方メートルを今年9月下旬から調査していた。
西川津遺跡は朝酌川に沿う弥生時代の集落遺跡で、
今回の場所から南東25メートルでは1997年に流水文銅鐸の破片が見つかっている。
今回の破片は97年の破片と製作時期や復元した大きさが同じことから
成分分析を検討するが、同じ銅鐸と断定するのは困難だという。
銅鐸は人里から離れた加茂岩倉遺跡(雲南市)や
神庭荒神谷遺跡(斐川町)のように完全な形で埋納する例と、
今回のように集落では破片で出土する例がある。
同センターは割られた破片について「割ること自体が祭祀(さいし)」や
「割ってからもう一度他の青銅器にする」という考え方があると説明している。
◎毎日新聞 2008年10月24日
http://mainichi.jp/...
◎Google検索「西川津遺跡」
http://www.google.com/...
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高崎市教育委員会は二十二日、同市上中居町の上中居遺跡から
五世紀初め(古墳時代中期)の青銅鏡破片「破鏡」が出土したと発表した。
中国で作られ、国内で意図的に割られたとみられる破鏡が発掘されたのは、
栃木、茨城両県を含む北関東では初めて。
市教委は「ペンダントのようにして、祭祀(さいし)に用いられたのでは」と推測している。
市教委によると、九月中旬に区画整理に伴う調査で出土。
幅約七十センチ、深さ約十センチの溝から勾玉(まがたま)などとともに発掘された。
破鏡は最長十一センチ、最大幅三・五センチ、厚さは最大五ミリ。
全体は直径一二・八センチの円形だったとみられ、円の外側に当たる。
この青銅鏡は「三国志」と同じ二世紀ごろ(後漢時代)の
中国で作られた可能性が高く、その後、運ばれた西日本で割られたらしい。
破鏡は摩耗している上、小さな穴を開けたような痕跡があり、
地域の有力者がペンダントのように持った可能性がある。
市教委は「破鏡が見つかった溝は農耕用の水路だろう。
祭祀に使われる勾玉なども出たため、
破鏡は水に関連する祭祀に利用された」とみている。
◎東京新聞 2008年10月23日
http://www.tokyo-np.co.jp/...
◎Google検索「上中居遺跡」
http://www.google.com/...
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京都府埋蔵文化財調査研究センター(向日市)は14日、
弥生時代後期の木津城山遺跡(木津川市木津片山)で、
尾根上に溝で区画した墓地3基が見つかったと発表した。
計14の墓穴があり、副葬品の鉄製やじり1点が出土した。
弥生後期の墓が、山上で見つかるは珍しいという。
木津城山遺跡は関西学研都市の開発に伴い1997年に確認された。
JR木津駅東側の丘陵(通称・城山)の標高80-100メートルにある
南北300メートル、東西150メートルほどの高地性集落跡。
開発の本格化に先立ち、6月から墓域を詳細調査した。
墓域のある尾根は、幅10メートル、長さ45メートルほど。
今は木が生い茂っているが、山城地域を一望できる見晴らしで
戦時中には墓域に高射砲の砲台も設けられていたという。
墓穴は、97年調査で確認された5つを含む14あった。
このうち一つから鉄製やじり(長さ6・5センチ、幅2センチ)が、
さびた状態で見つかった。
97年には中国製青銅鏡の破片も出土しており、
府埋文センターの筒井崇史調査員は
「河内や大和でも数少なかった貴重品のやじりや鏡が、
木津でどうして手に入ったか興味深い。
木津川を通じた人の交流の中で得た物かもしれない」と話す。
◎京都新聞 2008年10月15日
http://www.kyoto-np.co.jp/...
◎Google検索「木津城山遺跡」
http://www.google.com/...
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フロアマットを各車種専用設計で製作しております。
汎用品とは敷いた時のフィット感が違います。
一つずつ職人が丁寧に作り上げる為、商品はデモカークオリティです。
大手パーツメーカーのデモカーにも多く採用されております。
「大切な愛車だから」
TASKALフロアマットは単品量販で考え得る、「最高」を常に求めております。
そのほとんどの生地は吸水率のほとんど無い(=汚れにくい)PP糸にて
製造しておりますので毛玉や静電気も抑えられます。
メンテナンス面では水洗いが可能ですが、
その場合は日陰にて完全に乾燥してからご使用下さい、
色あせの原因となります。
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価格 1,980円 (税込 2,079 円) 送料別
▼取扱店:発明屋さんより
ひざを曲げることなく靴を履くことができます。
長さ77cmの長い靴べらです。
ひざを曲げることなく靴を履くことができます。
かがむのがつらいご高齢の方にはうれしい一品です。
足をケガしている方、腰痛の方にも便利です。
スリムなデザインで、玄関のインテリアを壊しません。
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価格 3,300円 (税込 3,465 円) 送料別
▼取扱店:発明屋さんより
ウーロン茶の本場中国からやってきた、
洗茶もできる究極のお淹れ用ポットです。
中国茶の中でも特にウーロン茶・プーアル茶は、
本場の香港や広東省などでは“洗茶”をしてから
飲むのが正しい飲み方だとされています。
これは温暖な気候によって引き起こされる食中毒を防ぐため、
食事の前に一番煎じのお茶で箸やお碗を洗うという、
昔からの習慣に由来するものだそうです。
これの機能をティーポットに加えたのが、
この『マルチティーポット』です。
お茶を蒸す場所と、貯める場所を分離しているので、
浸け置き状態で苦くなることがありません。
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▼カナロコより
横浜市は十四日、三月三十日に開業した市営地下鉄グリーンライン
(中山~日吉、全十駅、一三・〇キロ)の利用状況について、
一日当たりの乗車人数が目標値の六割程度の
六万人前後にとどまっていることを明らかにした。
鶴見~日吉~港北ニュータウン~中山
~二俣川~東戸塚~上大岡~根岸~元町・中華街と
全線開通するのはいつになることやら。
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ノーベル平和賞受賞者
ケニア出身のワンガリ・マータイさんが提唱する
「MOTTAINAI(もったいない)キャンペーン」の一環です。
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▼ヨコハマ経済新聞 レポート
http://www.hamakei.com/column/179/
ついに10月26日、144年の歴史に幕を下ろします。
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松山市埋蔵文化財センターは25日、
同市樽味の樽味四反地(したんじ)遺跡の20次調査で、
以前の調査で見つかった弥生時代後期末の大型建物跡の近くで、
ほぼ同時代の竪穴式建物跡1棟が出土したと発表した。
構造などから住居ではなかったと見られ、
大型建物跡の付近には住居が建てられていなかったことが判明。
同センターは「豪華な邸宅の周辺に他者の居住を許さなかった
権力者の存在をうかがわせる」としている。
新たに見つかった建物跡は直径約7メートル、深さ約80センチの円形。
約1800年前のものと見られ、床が通常より深く掘られていることなどから、
住居以外の用途だった可能性が高いという。
約90メートル西では、100平方メートルを超える大型建物跡が3棟見つかっているが、
その後の調査で建物群の周辺には住居がない、
集落としては不自然な状態だったことが判明。
今回出土した建物も居住用ではなく、センターは、
「特定の場所での建築を禁じるといった、
階級社会の発達があったのではないか」と推測する。
また、約1500年前の地層からは、重さ約1キロの大型の鉄おのが出土。
副葬品などとしてではなく、住居跡で見つかっており、
古墳時代中期に、高度な技術で鍛造された鉄器が
生活用品として使われていたことを示す貴重な資料という。
◎読売新聞 2008年9月26日
http://www.yomiuri.co.jp/...
◎Google検索「樽味四反地遺跡」
http://www.google.co.jp/...
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県埋蔵文化財調査センターは、益田市久城町の堂ノ上遺跡で
弥生時代後期(約1900年前)の竪穴住居2棟の焼失跡を発見したと発表した。
弥生後期のものとしては大型で、地域の中核的な集落であった可能性が高く
集落の構造を知るうえでは貴重な遺構。
見つかった焼失住居跡は直径6・6~7・8メートルで、
弥生土器や石製品も出土した。
焼失跡の一つでは、中央にある穴の真上から
かめ型の弥生土器4個分を発見しており、鎮火後に意図的に置いて
何らかの祭祀(さいし)を行ったとみられる。
見つかった生活道具などが少ないことから、
意図的に住居を燃やした可能性もあるという。
他にも掘立柱建物跡2棟、斜面を切り取り平たんにした
作業場である加工段2カ所を発見した。
堂ノ上遺跡では昨年度の調査で、竪穴住居跡1棟と加工段5カ所が見つかっている。
◎毎日新聞 2008年9月27日
http://mainichi.jp/...
◎Google検索「堂ノ上遺跡」
http://www.google.co.jp/...
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西脇市嶋・津万地区などにまたがる津万遺跡群の発掘調査を行っている
県立考古博物館は、弥生時代後期~末期(3世紀後半)の
竪穴住居跡9棟を確認したと発表した。
うち6棟は当時の播磨地方で主流だった方形ではなく、
隣接する丹波地方の特徴を持つ円形だったことも分かった。
博物館は「両地方の人や文化が流入し合う最前線だった」とみている。
円形住居跡は直径約5~8・6メートル、方形(3棟)は1辺約4・5メートルで、
円形より少し新しい時代のものだった。
また、昨年の調査で遺跡群の寺内地区から見つかった
3世紀前半の住居跡は方形だったことから、
遺跡群の地域では住居が方形と円形に繰り返し変化していたことが分かったという。
最大の住居跡から当時貴重品だった鉄の鏃(やじり)も見つかっており、
博物館は「主に武器などに使用されており、
両地方の間で勢力争いがあったことも考えられる」としている。
このほか、遺跡群からは、奈良から平安にかけての時代(8世紀末~9世紀)の
祭祀(さいし)遺物だった木製の馬形や墨書土器、役人の帯に使う石の装飾品、
掘立柱建物跡も見つかった。
博物館は「当時は多可郡の役所『多可郡衙(ぐんが)』(多可町中区)が
播磨国府(姫路市)に納める物資を加古川舟運で運ぶ前に
一時的に保管する倉庫や、役人の住居があった」と推測している。
◎毎日新聞 2008年9月20日
http://mainichi.jp/...
◎Google検索「津万遺跡」
http://www.google.co.jp/...
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【Podcasting】
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西暦200年代(3世紀:弥生時代後期~古墳時代前期)に
小国ばかりだった倭国で30国を従えていたとされている国。
邪馬台国があったとされる根拠は、
中国の歴史書・『三国志』魏書東夷伝倭人条に残されています。
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【彼方の国】
▼魏志倭人伝(三国志・魏書東夷伝倭人条)より
女王国の東、海を渡ること千余里のかなたに、また国がある。
いずれも倭種の国である。
また、その南に侏儒国(しゅじゅこく)がある。
その国の人の身長は3・4尺にすぎない。
この国は女王国から4千里離れている。
また裸国(らこく)・黒歯国(こくしこく)があり、侏儒国の東南にあって、
船で1年もかかって到着する。
倭の地を訪れると、倭人たちは遠く離れた海中の島々に住んでいて、
或いは海で距てられ、或いは陸地つづきになっていて、
島々をめぐって行くと5千余里ほどになる。
[引用:藤田友治さんの著書「魏志倭人伝の解明」(論創社)より]
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【畿内大和 邪馬台国 比定地】
・天理市~桜井市
・大和郡山市矢田(やまとこおりやましやた)
・奈良盆地
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【畿内 邪馬台国 比定地】
<奈良県>
・吉野から紀州[和歌山県]一帯
<京都府>
・京都市
・山城町(やましろちょう) ※現:木津川市(きづがわし)
<大阪府>
・大阪
・和泉市
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【九州 邪馬台国 比定地】
・九州のどこか
<福岡県>
・筑後山門郡(ちくごやまとぐん)[瀬高町、山川町(せたかまち、やまかわまち)]
※現:柳川市・みやま市
・福岡市
・博多
・博多湾沿岸
・京都郡(みやこぐん) ※現:みやこ町
・朝倉、甘木(あさくら、あまぎ)
・田川市、京都郡
・筑後平野北部(朝倉、甘木、佐賀平野の東部[吉野ヶ里含])
・太宰府
・太宰府が都で範囲は佐賀南部や大分県北部まで含む
・八女
・八女郡矢部村(やめぐんやべむら)
・久留米市御井(くるめしみい)
・筑紫平野
・筑後川流域
<佐賀県>
・吉野ヶ里
・佐賀市東山田
<大分県>
・宇佐市
・別府湾岸
・日田市(ひたし)
・中津
・蒲江町(かまえちょう) ※現:佐伯市 ~宮崎県延岡市構口の範囲
・周防灘(すおうなだ)海中
<宮崎県>
・日向(ひゅうが)
・延岡市構口(のべおかしかまえくち)
・西都市(さいとし)
・西都市西都原(さいとばる)
・高千穂
<熊本県>
・熊本県一帯
・熊本市
・阿蘇
・肥後山門 ※現:菊池市、合志市(こうしし)、菊池郡の範囲内とみられる
・菊池川流域
・下益城郡美里町佐俣(しもましきぐんみさとまちさまた)
・蘇陽町 ※現:山都町(やまとちょう)
・山鹿(やまが)
・人吉(ひとよし)
・八代市(やつしろし)
・玉名郡江田村 ※現:和水町(なごみまち)
<長崎県>
・島原半島、北高来郡(きたたかきぐん)、南高来郡(みなみたかきぐん)
※現:諫早市(いさはやし)、島原市・雲仙市・南島原市
・佐世保
・東彼杵郡(ひがしそのぎぐん)
・大村湾東岸千綿宿の浜(おおむらわんとうがんちわたしゅくのはま)
<鹿児島県>
・曽於郡(そおぐん)
・姫木 ※現:鹿児島県東部
・霧島山(きりしまやま)周辺
・霧島市周辺
・薩摩の国 ※現:鹿児島県西部
・大隅の国 ※現:鹿児島県東部と奄美諸島
<沖縄県>
・沖縄県一帯
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【国内その他のエリア 邪馬台国 比定地】
<千葉県>
・安房(かずさ、あわ)[館山市方面]
・我孫子市布佐(あびこしふさ)
<山梨県>
・山梨県内
・八ヶ岳高原
<静岡県>
・焼津市登呂
・南伊豆町
<長野県>
・諏訪
<新潟県>
・栃尾(とちお)
<石川県>
・羽咋市(はくいし)
<福井県>
・鯖江(さばえ)
<滋賀県>
・野洲市(やすし)
・琵琶湖
<岡山県>
・吉備 ※現:岡山県倉敷市、岡山市、総社市(そうじゃし)
<徳島県>
・徳島県一帯
<愛媛県>
・川之江市一帯 ※現:四国中央市
・松山
<高知県>
・南国市(なんこくし)
<島根県>
・出雲
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【海外その他のエリア 邪馬台国 比定地】
<アジア>
・フィリピン
・インドネシア ジャワ島、スマトラ島
<アフリカ>
・エジプト
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私達の天の川銀河中央にある帯の一部が沈む姿が見えます。
(写真は長時間露出にて撮影)
IMAGE DATA © Wally Pacholka (Astropics.com/TWAN)
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2008年9月29日に観測された壮大な紅炎です。
この部分だけで地球の何倍もの大きさがあります。
◎紅炎 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/...
IMAGE DATA © STEREO Project, NASA
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2008年10月6日に探査機メッセンジャーが
水星から200キロの距離まで最接近、
これまで決して見ることができなかった姿を初めてキャッチしました。
ちなみに上の写真は最接近後2万7千キロの距離から撮影したもの。
今回の観測によって、新たな発見が出てくることは間違いなさそうです。
IMAGE DATA © MESSENGER, NASA, JHU APL, CIW
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あまり大きな声では言えない話です。
初代天皇が日本統一のために動き始めたのは
現在の橿原神宮あたりと言われています。
・・が、歴史研究の結果、実際に日本統一のために動き始めた地は
ココからの可能性が高いと考えられています。
ほとんど人の姿を見ることができない
森の中にある小さな社が建つ地です。
詳しくは、いずれ歴史ラジオでご紹介させていただきます。^^
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▼聖護院八ツ橋総本店ページより
『聖護院八ツ橋総本店』・・・屋号は「玄鶴堂」と申します。
「玄」は、黒谷(京都東山の地名あるいは金戒光明寺の通称)の「黒」を、
「鶴」は、鶴の鳴き声が琴の音色の似ていることから名付けられました。
また「聖護院」は、地名(もしくは聖護院門跡の通称)で、
「八ツ橋」は、人名の「八橋検校」に由来しております。
近世箏曲の開祖といわれる八橋検校が、慕う数多くの高弟・門弟たちに見守られて、
貞享2年6月12日(1685年)亡くなり、黒谷金戒光明寺に葬られました。
享年72才であったといわれております。
その後、亡き師のご遺徳を偲び門弟たちが、続々絶え間なく墓参におとづれ続けましたが、
歿後4年の元禄2年(1689年)黒谷参道の聖護院の森の茶店で、
琴の形に似せた干菓子を、「八ツ橋」と名付けて発売するようになりました。
これが「八ツ橋」の始まりといわれており、
その場所が当社創業の地(現在の本店の場所)であります。

何でも皮好きな自分は、もちろん八ツ橋も皮のみバージョン!(゚ー゚)
◎Google検索「八ツ橋」
http://www.google.com/...
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【Podcasting】
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◎Google検索「古事記」
http://www.google.com/...
◎Google検索「日本書紀」
http://www.google.com/...
◎Podcast「古事記物語」 by eureka
http://eureka-i.jp/f/kojiki/
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【古事記・日本書紀 Podcasting】
(1)概要紹介
(2)天地開闢・国産み・黄泉の国
(3)黄泉の国・天照大神の誕生
(4)天の岩屋
(5)八岐大蛇
(6)スサノオノミコトと牛頭天王、蘇民将来
(7)因幡の白兎 八上媛
(8)根堅州国 須勢理媛
(9)大国主神の国づくり
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奈良県・奈良駅にて平成20年10月に撮影
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105系電車は、日本国有鉄道(国鉄)が
1981年(昭和56年)から製造した直流通勤形電車。
地方電化線区で使用されていた旧形電車を代替するもので、
小単位編成組成に適したシステムを備える。
三大都市圏で使用する通勤形電車は、1980年(昭和55年)頃までに
ごく一部の例外を除き新性能電車への置き換えが完了していた。
しかし、それ以外の地方電化ローカル線には依然として
戦前から1950年代に製造された吊り掛け駆動方式の40系や72系などの
いわゆる「旧形国電」が残存し、製造後30年以上が経過して車体の老朽化や
設備の陳腐化が進んでいた。
一部には車体を新性能車と同等のものに更新した
「アコモ改善車」と呼ばれる車両も存在したが、
走行性能や整備面での新性能車との差が大きく、
遠からず車両運用上の支障となることも明白であった。
このため、これらの路線の旧型国電については
他地域の新性能電車を転用したり、
既存系列の新性能車両新製増備で置き換えを進めることになった。
だが、利用者の少ない時間帯に2両編成の列車を運行していた路線では、
既存の新性能車両では置き換えにくい事情があった。
旧形国電では走行に必要な機器は電動車1両で完結した状態ですべて搭載しており、
MT比1対1の2両編成を組むことができた。
これに対して新性能電車は長編成を組む大都市圏での運用を前提に
電動車2両で1つの機構として完成するユニット電動車方式を採用しており、
2両編成を組んだ場合は2両とも電動車とならざるを得ない。
これでは過剰性能の上に不経済であった。
また、新性能電車の電動車はほとんどが中間車で、
改造なしでの2両編成以下での転用はほぼ困難という実情もあった。
そこで、地方電化ローカル線向けとして旧形国電と同様に
MT比1:1の2両編成を組むことができるように電動車1両での走行を可能にした
構造(1M方式)の電車として開発されたのが本系列である。
国鉄における1M方式の新性能電車としては
すでに北海道向け交流専用近郊形電車の711系の他、
直流車でもクモユ141形や143系の荷物車、事業用車での実績があったが、
旅客用直流電車としては本系列が初めてである。
(Wikipediaより)
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◎Google検索「105系」
http://www.google.com/...
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東京都・神田駅にて撮影

東京都・田町駅にて撮影

奈良県・奈良駅にて平成20年10月に撮影 (右が103系)
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国鉄103系電車は、日本国有鉄道(国鉄)が設計・製造した直流通勤形電車。
国鉄の通勤形電車としては前作に当たる101系を基に、
当時の国鉄の財政・設備・保守などの各事情を考慮の上で、
経済性を最重視して再設計され、
1963年(昭和38年)3月から1984年(昭和59年)1月までの21年間に
3,447両が製造された。
(Wikipediaより)
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◎Google検索「103系」
http://www.google.com/...
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おっ、荘厳な春日大社の参道で珍しく凛々しい鹿を発見!(゚0゚)

周囲の鹿センベイに集る鹿達とは明らかに違うオーラだ!渋い!
今まで奈良で出会った鹿の中で、一番カッコいい鹿でした。
◎Google検索「奈良 鹿」
http://www.google.com/...
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参考:センベイに近寄る鹿 (by Wikipedia)
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お決まりではありますが、
奈良の「柿の葉すし」を朝食用に買ってきました。

柿の葉の香りに包まれながら、美味しく食せました。(゚ー゚)
▼柿の葉すし
急峻な山に囲まれた山里では、海の幸は貴重なもの。
熊野灘で水揚げされ、浜塩を施した鯖は、
背負い籠に詰められ、高い峰を越え、谷川の難所をわたって
村々に運ばれました。
これをこの地の人々は、薄く切ってご飯の上に乗せ、
手近に豊富にあった山柿の葉に包んで重石をかけ、
熟成させてお寿司に仕上げ、祭礼の日のご馳走としました。
柿の葉に含まれるタンニンの抗菌作用など、
先人は知っていたのでしょうか。
柿の葉すしには、山里の食の知恵と
工夫が凝縮されているのです。
(中谷本舗案内より)
◎Google検索「柿の葉すし」
http://www.google.com/...
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久々に一人旅(歴史ラジオ取材?笑)してきます。
現地で遭遇しましたら、よろしくお願いします。(´▽`)
10/2
東京駅22:00→ドリーム奈良号→
10/3
→奈良駅7:06
(畿内大和散策)
泊:スーパーホテルJR奈良駅前
10/4
(畿内大和散策)
泊:スーパーホテルJR奈良駅前
10/5
(奈良~京都散策)
京都18:32→のぞみ94号→新横浜20:34
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今まで食べたスナックの中で一番美味かったっす!
toshiさん、ご馳走様。
Wikipediaによると、現状は↓のようです。 スゴーな人気(;д;)
新千歳空港並びに北海道内の土産物店等で販売されてはいるが、
現在極端な品薄状態であり、
取扱店の店頭に「じゃがポックルは完売です」の張り紙や札が出されていることが多い。
新千歳空港の一部販売店では店頭で入荷時間を公開しているが、
入荷時間前に行列ができる状態である。
入荷待ちの行列に並ばずに買えることの方が珍しい、と言われる。
購入可能な個数を制限しているものの、
シーズンによっては行列に並んでも買えないことすらある。
午前中などは入荷のタイミングによって簡単に購入できる場合もあるものの、
駅の土産物店など人の集まる場所での入手は極めて不可能に近い。
そのため、購入するためには前述のように入荷時間を公開している販売店で行列に並ぶか、
取り扱っている土産物店を丹念に探し歩くしかないのが現状である。
ファンによって取扱店の情報が集められたwebサイトまで存在する。
ただし、2008年4月末現在、新千歳空港では在庫は豊富で、
張り紙での告知でも「お一人様3個まで」と緩和されている。
一時ほどの品薄状態では無い模様である。
一部の店舗ではネット販売も行われているが、
こちらも出回る数量が少なく購入は容易ではない。
その人気につけこみ、「北海道セット」などと称し抱き合わせ販売まがいの行為を行う業者や、
街頭で定価の数倍の価格での購入を持ちかける転売屋が出現している状態である。
◎Google検索「じゃがポックル」
http://www.google.com/...
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明治44年3月1日に開場した旧帝国劇場の舞台に向かって
真上プロセニアムアーチの正面に飾られていたもの。
昭和39年1月31日、旧帝国劇場を取り壊す際に
歴史を飾る記念の品として保存されました。
▼帝国劇場
1911年(明治44年)3月1日、渋沢栄一、大倉喜八郎等の手により
日本初の洋式劇場として開場された。
横河民輔の設計によるルネサンス建築様式の劇場であった。
当時の「今日は帝劇、明日は三越」という宣伝コピーは
消費時代の幕開けを象徴する言葉として有名。
イタリア人音楽家ローシーを招いてオペラを上演したほか、
歌舞伎劇やシェイクスピア劇などが上演された。
1923年の関東大震災では外郭を残して焼け落ちたが、
横河民輔により改修され、翌1924年に再開した。
1930年松竹の経営となり、間もなく洋画封切館に転向。
SYチェーン(松竹洋画系)の基幹劇場となった。
1939年、運営会社を東宝が合併し、
翌1940年松竹の賃借期限が切れると共に
東宝の手により元の演劇主体の興行形態に戻す。
しかし1955年、舞台に巨大映画スクリーン・シネラマが設置され、
再びシネラマ主体の洋画ロードショー用の映画館に転じたが、
1964年から翌年にかけての『アラビアのロレンス』を最後に解体。
谷口吉郎の設計で新たに現在の帝国劇場が1966年9月29日に落成した。
帝劇ビルの一部は落成当時から、
石油業界大手の出光興産が本社として使用している。
1969年から1984年まで、『日本レコード大賞』発表会も行われた。
現在、年間10作品程度上演している。
また、大みそかに行なわれる、
年末ジャンボ宝くじの抽せん会場としても知られている。
(1997年-2005年(2000年を除く)
現在は東京厚生年金会館で行われている)
by Wikipedia
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宮崎町からの最近の眺めです。
桜木町駅前には、2009年竣工予定で
横浜最大規模のシネコン&ホテルニューオータニのビルができる予定です。
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最近のヨドバシはドカーンとキレイなビルものが多いですが
原点の新宿には、まだまだ路地ヨドバシが点在しています。
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▼案内サイトより
「横濱ジャズプロムナード」は、市民とミュージシャンが一体となって
「街全体をステージに」を合言葉に1993年にスタートしました。
その後、多くの皆様のご支援とご協力によって毎年その規模を拡大し、
昨年2007年には約134,000人の来場者をお迎えするまでに成長しました。
この間、横浜市内では大小様々なジャズイベントが新たに開催され、
ジャズクラブも増加してきました。
「ジャズの街・ヨコハマ」を国内外にアピールし、
街の活性化や集客増にも寄与するフェスティバルとなりました。
港町らしい進取の精神のもと、横浜の歴史、文化、ロケーションなどの利点を
総合的に生かしたジャズ・フェスティバル
―「横濱ジャズプロムナード」の開催される2日間は、
“日本のジャズのふるさと”横浜の、このイベントに出演するため
日本中からトップミュージシャンが集結します。
最近では海外からの出演希望者が急増して、
国際港都にふさわしい様相を呈しています。
国内外で活躍する多くのジャズ・ミュージシャンを
育ててきた歴史的背景を生かし、全国、さらには世界へ、
横浜からジャズを発信しています。
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▼案内サイトより
「食べて、遊んで、世界の旅」をテーマに、
世界の名物料理を味わいながら世界の音楽や踊りを堪能し、
イベント会場を散策しながらあらゆる国々の
エキゾチックな民芸やグッズを見て歩くという、
まさに居ながらにしてミニ世界旅行ができてしまう本イベントは
既にヨコハマの秋の風物詩となりつつあります。
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