黄泉の国・天照大神の誕生 <古事記・日本書紀(3)>
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古事記物語 / 著・鈴木三重吉
女神(めがみ)はむろん、もうとっくに、黄泉(よみ)の神の御殿(ごてん)に着いていらっしゃいました。
すると、そこへ、夫の神が、はるばるたずねておいでになったので、女神は急いで戸口へお出迎えになりました。
伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、まっくらな中から、女神をお呼(よ)びかけになって、
「いとしきわが妻の女神よ。おまえといっしょに作る国が、まだできあがらないでいる。どうぞもう一度帰ってくれ」とおっしゃいました。すると女神は、残念そうに、
「それならば、もっと早く迎えにいらしってくださいませばよいものを。私はもはや、この国のけがれた火で炊(た)いたものを食べましたから、もう二度とあちらへ帰ることはできますまい。しかし、せっかくおいでくださいましたのですから、ともかくいちおう黄泉(よみ)の神たちに相談をしてみましょう。どうぞその間は、どんなことがありましても、けっして私の姿(すがた)をご覧(らん)にならないでくださいましな。後生(ごしょう)でございますから」と、女神はかたくそう申しあげておいて、御殿(ごてん)の奥(おく)へおはいりになりました。
伊弉諾神(いざなぎのかみ)は永(なが)い間戸口にじっと待っていらっしゃいました。しかし、女神は、それなり、いつまでたっても出ていらっしゃいません。伊弉諾神(いざなぎのかみ)はしまいには、もう待ちどおしくてたまらなくなって、とうとう、左のびんのくしをおぬきになり、その片(かた)はしの、大歯(おおは)を一本欠(か)き取って、それへ火をともして、わずかにやみの中をてらしながら、足さぐりに、御殿の中深くはいっておいでになりました。
そうすると、御殿のいちばん奥に、女神は寝ていらっしゃいました。そのお姿をあかりでご覧になりますと、おからだじゅうは、もうすっかりべとべとに腐(くさ)りくずれていて、臭(くさ)い臭いいやなにおいが、ぷんぷん鼻へきました。そして、そのべとべとに腐ったからだじゅうには、うじがうようよとたかっておりました。それから、頭と、胸と、お腹(なか)と、両ももと、両手両足のところには、そのけがれから生まれた雷神(らいじん)が一人ずつ、すべてで八人で、怖(おそ)ろしい顔をしてうずくまっておりました。
伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、そのありさまをご覧になると、びっくりなすって、怖ろしさのあまりに、急いで遁(に)げ出しておしまいになりました。
女神はむっくりと起きあがって、
「おや、あれほどお止め申しておいたのに、とうとう私のこの姿(すがた)をご覧になりましたね。まあ、なんという憎(にく)いお方(かた)でしょう。人にひどい恥(はじ)をおかかせになった。ああ、くやしい」と、それはそれはひどくお怒りになって、さっそく女の悪鬼(わるおに)たちを呼(よ)んで、
「さあ、早く、あの神をつかまえておいで」と歯がみをしながらお言いつけになりました。
女の悪鬼たちは、
「おのれ、待て」と言いながら、どんどん追っかけて行きました。
伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、その鬼どもにつかまってはたいへんだとおぼしめして、走りながら髪(かみ)の飾(かざ)りにさしてある黒いかつらの葉を抜(ぬ)き取っては、どんどんうしろへお投げつけになりました。
そうすると、見る見るうちに、そのかつらの葉の落ちたところへ、ぶどうの実がふさふさとなりました。女鬼どもは、いきなりそのぶどうを取って食べはじめました。
神はその間に、いっしょうけんめいにかけだして、やっと少しばかり遁(に)げのびたとお思いになりますと、女鬼どもは、まもなく、またじきうしろまで追いつめて来ました。
神は、
「おや、これはいけない」とお思いになって、こんどは、右のびんのくしをぬいて、その歯をひっ欠いては投げつけ、ひっ欠いては投げつけなさいました。そうすると、そのくしの歯が片(かた)はしからたけのこになってゆきました。
女鬼(おんなおに)たちは、そのたけのこを見ると、またさっそく引き抜いて、もぐもぐ食べだしました。
伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、そのすきをねらって、こんどこそは、だいぶ向こうまでお遁(に)げになりました。そしてもうこれならだいじょうぶだろうとおぼしめして、ひょいとうしろをふりむいてご覧になりますと、意外にも、こんどはさっきの女神のまわりにいた八人の雷人(らいじん)どもが、千五百人の鬼の軍勢をひきつれて、死にものぐるいでおっかけて来るではありませんか。
神はそれをご覧になると、あわてて十拳(とつか)の剣(つるぎ)を抜きはなして、それでもってうしろをぐんぐん切りまわしながら、それこそいっしょうけんめいにお遁げになりました。そして、ようよう、この世界と黄泉(よみ)の国との境(さかい)になっている、黄泉比良坂(よもつひらざか)という坂の下まで遁げのびていらっしゃいました。
すると、その坂の下には、ももの木が一本ありました。
神はそのももの実を三つ取って、鬼どもが近づいて来るのを待ち受けていらしって、その三つのももを力いっぱいお投げつけになりました。そうすると、雷神たちはびっくりして、みんなちりぢりばらばらに遁(に)げてしまいました。
神はそのももに向かって、
「おまえは、これから先も、日本じゅうの者がだれでも苦しい目に会っているときには、今わしを助けてくれたとおりに、みんな助けてやってくれ」とおっしゃって、わざわざ大神実命(おおかんつみのみこと)というお名まえをおやりになりました。
そこへ、女神は、とうとうじれったくおぼしめして、こんどはご自分で追っかけていらっしゃいました。神はそれをご覧になると、急いでそこにあった大きな大岩をひっかかえていらしって、それを押(お)しつけて、坂の口をふさいでおしまいになりました。
女神は、その岩にさえぎられて、それより先へは一足も踏(ふ)み出すことができないものですから、恨(うら)めしそうに岩をにらみつけながら、
「わが夫の神よ、それではこのしかえしに、日本じゅうの人を一日に千人ずつ絞(し)め殺してゆきますから、そう思っていらっしゃいまし」とおっしゃいました。神は、
「わが妻の神よ、おまえがそんなひどいことをするなら、わしは日本じゅうに一日に千五百人の子供を生ませるから、いっこうかまわない」とおっしゃって、そのまま、どんどんこちらへお帰りになりました。
神は、
「ああ、きたないところへ行った。急いでからだを洗ってけがれを払(はら)おう」とおっしゃって、日向(ひゅうが)の国の阿波岐原(あわきはら)というところへお出かけになりました。
そこにはきれいな川が流れていました。
神はその川の岸へつえをお投げすてになり、それからお帯やお下ばかまや、お上衣(うわぎ)や、お冠(かんむり)や、右左のお腕(うで)にはまった腕輪(うでわ)などを、すっかりお取りはずしになりました。そうすると、それだけの物を一つ一つお取りになるたんびに、ひょいひょいと一人ずつ、すべてで十二人の神さまがお生まれになりました。
神は、川の流れをご覧になりながら、
上(かみ)の瀬(せ)は瀬が早い、
下(しも)の瀬は瀬が弱い。
とおっしゃって、ちょうどいいころあいの、中ほどの瀬におおりになり、水をかぶって、おからだじゅうをお洗いになりました。すると、おからだについたけがれのために、二人の禍(わざわい)の神が生まれました。それで伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、その神がつくりだす禍をおとりになるために、こんどは三人のよい神さまをお生みになりました。
それから水の底へもぐって、おからだをお清めになるときに、また二人の神さまがお生まれになり、そのつぎに、水の中にこごんでお洗いになるときにもお二人、それから水の上へ出ておすすぎになるときにもお二人の神さまがお生まれになりました。そしてしまいに、左の目をお洗いになると、それといっしょに、それはそれは美しい、貴(とうと)い女神(めがみ)がお生まれになりました。
伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、この女神さまに天照大神(あまてらすおおかみ)というお名前をおつけになりました。そのつぎに右のお目をお洗いになりますと、月読命(つきよみのみこと)という神さまがお生まれになり、いちばんしまいにお鼻をお洗いになるときに、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)という神さまがお生まれになりました。
伊弉諾神(いざなぎのかみ)はこのお三方(さんかた)をご覧になって、
「わしもこれまでいくたりも子供を生んだが、とうとうしまいに、一等よい子供を生んだ」と、それはそれは大喜びををなさいまして、さっそく玉の首飾(くびかざ)りをおはずしになって、それをさらさらとゆり鳴らしながら、天照大神(あまてらすおおかみ)におあげになりました。そして、
「おまえは天へのぼって高天原(たかまのはら)を治めよ」とおっしゃいました。それから月読命(つきよみのみこと)には、
「おまえは夜の国を治めよ」とお言いつけになり、三ばんめの須佐之男命(すさのおのみこと)には、
「おまえは大海(おおうみ)の上を治めよ」とお言いわたしになりました。
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【阿波岐原】
◎宮崎観光写真さんより
http://miyazaki.daa.jp/miike/
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【黄泉比良坂】
島根県東出雲町にて
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◎Google検索「古事記」
http://www.google.com/...
◎Google検索「日本書紀」
http://www.google.com/...
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【古事記・日本書紀 Podcasting】
(1)概要紹介
(2)天地開闢・国産み・黄泉の国
(3)黄泉の国・天照大神の誕生
(4)天の岩屋
(5)八岐大蛇
(6)スサノオノミコトと牛頭天王、蘇民将来
(7)因幡の白兎 八上媛
(8)根堅州国 須勢理媛
(9)大国主神の国づくり
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