奈良県・第11代垂仁天皇皇后 日葉酢媛陵 立ち入り調査
宮内庁が日葉酢媛(ひばすひめ)陵として管理する
奈良市の佐紀陵山(さきみささぎやま)古墳(奈良市)に20日、
立ち入り調査した研究者らは「一歩前進だ。
やはり入ってみないと分からないことも多い」と立ち入り調査の実現を歓迎、
墳丘の大きさを再検討する必要性を訴える意見もあった。
陵墓は古事記、日本書紀などの記述を根拠に
江戸時代末期から明治時代にかけて指定された。
宮内庁は、長年研究者らの立ち入りを認めず、
79年から改修工事に伴う発掘調査の際に研究者らに
見学を認める「限定公開」を許可しただけだった。
05年に学会側が11カ所の立ち入りを要望。
神功(じんぐう)皇后陵(奈良市、五社神(ごさし)古墳)で昨年初めて、
学会側の要望を受けた立ち入り調査が認められた。
日葉酢媛陵の立ち入り調査は2例目。
日本考古学協会理事で陵墓担当の
福永伸哉・大阪大大学院教授(考古学)は
「現地でしか分からないことがある。さまざまな学術団体の調査も含めて、
今後もこの流れが続いていけば良い」と今回の意義を話し、
陵墓調査の継続に期待した。
立ち入り調査に参加した
森岡秀人・兵庫県芦屋市教委文化財担当主査(日本考古学)は
「学会の代表としてだけではなく、
国民の代表という気持ちを持って参加した」と話した。
日葉酢媛陵は、昨年立ち入り調査があった神功皇后陵と並び、
佐紀盾列(さきたてなみ)古墳群の中で最古級とされる。
茂木雅博・日本考古学協会陵墓担当理事(考古学)は
「墳丘のすそ部分の形は後の時代に改変を受けている可能性がある。
全体の規模は小さくなって200メートルを切るかもしれない。
測量をし直す必要がある」と指摘した。
坂靖・県立橿原考古学研究所総括研究員は
「中に入って見ることの大切さを改めて感じた」と話した。
高木博志・京都大准教授(近現代史)は
「日葉酢媛陵は江戸時代まで地元で神功皇后陵と考えられ、
後円部の頂上に安産祈願の神社があった。
今回その神社への参道跡や、妊婦の腰に当てていたという白い石も確認でき、
江戸時代の陵墓と地域社会のかかわりを考える上で重要」と話した。
◎毎日新聞 2009年2月21日
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