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2009.03.17

8620形 蒸気機関車 58654号機 SL人吉号 SLあそBOY

鉄友からもらった写真

鉄友からもらった写真

鉄友からもらった写真

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8620形は、日本国有鉄道(国鉄)前身である鉄道院が製造した、
日本で初めて本格的に量産された国産旅客列車牽引用テンダー式蒸気機関車。
「ハチロク」と愛称され、国鉄蒸気機関車の末期まで全国で使用された。

明治末期に急行列車用として各国から輸入された
8700形・8800形・8850形などを参考に、
日本の蒸気機関車国産化技術の確立を目的として設計、製造された。
当時としても、あえて最高の性能を狙わずに、汎用性を追求し、
将来輸送量が増加した際には地方線区に転用することを考慮して設計された。

車軸配置は2-6-0(1C)型で、本来は先台車をボギー式にして
軌道に対する追随性を良くするのが設計の常道であるが、
本形式では先輪と第1動輪を心向キ棒で一体化した特殊な台車に置き換え、
第1動輪に32mmの横動を与えて曲線通過性能を良くしている。
その半径は80mで、後のC12形並みであった。

この方式は、オーストリアとイタリアに例があった、
クラウス・ヘルムホルツ式、ツァラ式に着想を得て、
島安次郎が考案したもので、日本独特のものである。
これは島式あるいは省式心向キ台車と呼ばれ、
構造が簡単で曲線通過性能も良いと奨励されたが、
先輪フランジの偏摩耗が生じることがあり、
検修サイドの評判は必ずしも良くなかったようで、
本形式以外での採用例はない。

動輪の粘着力(摩擦力)がシリンダーの出力を大きく上回っており、
「絶対に空転しない機関車」と言われていた。
しかし、これは過加重などで引き出しができない場合、
コネクションロッドの折損につながるものであり
(蒸気機関車に限らず、どの動力車も空転することで
機構が大規模な破壊を受けることを避けている)、
乗務員の評判はよかったが、
設計時の日本の基礎技術力の低さを露呈してもいる。

最初は東海道本線、山陽本線などの幹線を中心に配置されたが、
より高性能な形式が投入されるにつれて
幹線からローカル線へと活躍の場を移していった。
平坦で距離の長い路線に向き、
客貨両用に効率よく使えるという特徴をもって長く愛用され、
「鉄路あるところ、ハチロクの機影見ざるはなし」とも形容された。

品川機関区の28661は、お召列車専用機に指定され、
横浜港へのボート・トレインの牽引も担った。

9600形のように軍に徴発されることはなかったが、
南樺太の鉄道が国鉄に編入された1943年以降に14両が樺太に渡っている。
1両は1944年に本土に送還されたが、
他の13両は終戦とともにソ連に接収され、以後の消息は明らかでない。

9600形ほど高い需要はなかったこともあって
昭和30年代には大量に廃車されたが、
それでも昭和40年代に入るとその使いやすさが買われて廃車が少なくなり、
ローカル線や入換用としてかなりの数が蒸気機関車の最末期まで残った。
特に7kmにわたって33.3‰の上り勾配が続く花輪線では三重連運用があり、
多くのファンの注目を集めたが、これも1972年に消滅した。
1975年3月末には人吉に48679が1両、湯前線用に残るのみとなっていた。

1988年(昭和63年)に58654が静態保存から復活して
九州旅客鉄道(JR九州)に所属し、2005年(平成17年)8月まで
豊肥本線の「SLあそBOY」、肥薩線の「SL人吉」として、
アメリカ風に改装された客車と共に運用されていた。

この機関車は1922年(大正11年)日立製作所製で、
九州地方で300万km余りを走った後、1975年(昭和50年)に廃車され、
肥薩線矢岳駅前の人吉市SL展示館に展示されていたが、
1988年に小倉工場で修復された。
ボイラーは新日鐵で新製し、
動輪は住友金属で新たに制作され大がかりな修復となった。
再登場当時はほぼ原型であったが、
1993年(平成5年)頃に客車のイメージにあわせて
水戸岡鋭治の監修下に濃緑色に塗装され、
カウキャッチャーが取り付けられたこともあった。
沿線の山林で列車通過後にぼやが起きてから回転火の粉止めを装備し、
体裁を整えるためダイヤモンドスタック型の
煙突カバーが常用されるようになった。
また、ATSもATS-SK形に換装された。

しかし、元々古い車両だったために老朽化が進んでおり、
台枠の歪みにより機体のバランスが崩れたために車軸などに負担がかかり
車軸焼けなど起こすことがその運命を決定づけた。
当初は修復不可能と判断され、
2005年8月28日をもって列車の運行が休止された。
それに伴い機関車も一旦静態保存されることとなったが、
JR九州としては動態保存の可能性を模索し、除籍を行わなかった。
その後の調査により奇跡的にも日立製作所に
製造時の図面が残されていると判明したことや、
九州新幹線の延伸開業などもあり観光資源として
有効活用できるとの判断から、台枠を日本車両で、
ボイラをサッパボイラで修繕するなど約4億円の費用(客車等の修復も含む)をかけ
修復を行い2009年に復活することが決定し、2007年2月21日より
JR九州小倉工場にて修復が始まった。
そして2008年9月に、2009年4月25日より定期運行開始予定として
復活を公式発表した。
運転区間は熊本駅~人吉駅、
列車名は休止前に同区間を運行していた際の名称である
「SL人吉」を選定、としている。

また、京都市の梅小路蒸気機関車館には車籍はないものの
8630が動態保存されており、館内の専用線で運転されている。

(Wikipediaより)

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◎Google検索「8620形」
  http://www.google.com/...

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