長野県・柳沢遺跡 新たに「銅戈」と「銅鐸」
県埋蔵文化財センター(長野市)は27日、
2007年に東日本で初めて弥生時代中期の
青銅製祭器「銅(どう)戈(か)」と「銅鐸(どうたく)」が一緒に出土した
中野市の柳沢遺跡で、新たに銅戈1本、銅鐸1個が見つかったと発表した。
これで同遺跡の銅戈は計8本、銅鐸は計5個になった。
発掘調査は本年度で終了する。
同センターは排水路を設けるため昨年度に重機で掘った土の中に、
ほかの青銅器が含まれている可能性があるとみて調査。
昨年9月までに18点の銅鐸片が見つかり、
その後の調査で新たに21点を確認。つなぎ合わせるなどして
銅鐸を計5個とした。
見つかった銅鐸は高さ20センチほどで、
僧侶の袈裟(けさ)に似た形の文様「袈裟襷(だすき)文(もん)」を確認。
同遺跡調査指導委員会委員の
難波洋三・奈良文化財研究所考古第一研究室長によると、
銅鐸の比較的古い型の
「外(がい)縁(えん)付(つき)紐(ちゅう)1式」とみられる。
一方、銅戈は刃の先が半分ほど欠けた状態で見つかり、
先の部分は発見されていない。
のこぎりの刃に似た文様「複合鋸(きょ)歯(し)文」があり、
大阪湾周辺で見つかっている「大阪湾型」と確認した。
長さ7・5センチ、幅9・5センチ。
同遺跡からは弥生時代の住居跡6棟や水田跡、
礫(れき)床(しょう)木棺墓、シカが描かれた土器なども見つかっている。
同指導委員の工楽(くらく)善通・大阪府立狭山池博物館長は
「こうした条件が整って青銅器が出土したのは全国でこの遺跡だけ。
近畿と北信濃のつながりなどを調査する上で非常に貴重な遺跡だ」
としている。
◎信濃毎日新聞 2009年2月28日
http://www.shinmai.co.jp/...
◎Google検索「柳沢遺跡」
http://www.google.com/...
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