長野・柳沢遺跡 シカの絵の土器が出土
中野市の柳沢遺跡から、2頭のシカが描かれた
弥生時代中期後半(紀元前1世紀ごろ)の土器が出土し、
県埋蔵文化財センターが13日、公開した。
同センターによると、県内で弥生時代の絵画土器が出土するのは初めて。
シカを含む絵画土器は奈良県での出土が多く、
同遺跡で出土した青銅製祭器「銅戈(どうか)」、「銅鐸(どうたく)」と同様、
近畿地方との結び付きの強さを裏付けるものになりそうだ。
同センターによると、出土した絵画土器は、
主に東北信地方の千曲川水系に分布している栗林式土器で、つぼの形をしている。
銅戈、銅鐸が出土した地点から北側に150メートルほど離れた
竪穴住居近くで昨年11月に見つかり、その後、復元作業を進めていた。
半分程度が残り、口径11センチ、高さ約31センチ、
胴の最大径は約23センチと推定される。銅戈、銅鐸とほぼ同時期のものという。
描かれたシカはともに雄で、左を向いて2頭前後に並んでいる。
大きさが確認できるシカの体長は7センチ程度。
1本の線で胴体を描き、角や前脚、後脚を描き加えたとみられる。
シカは弥生時代の土器と銅鐸に最も多く登場し、稲の成長を表すという説があり、
豊作をもたらす霊力を持つものと考えられていたという。
同時代の絵画土器は全国で約600点見つかっており、
シカの絵の土器は東日本寄りの出土例が
日本海側の石川県、太平洋側の神奈川県までだった。
同センターは「近畿地方から銅戈、銅鐸と一体になってシカの絵画が伝わり、
農耕祭祀(さいし)が行われていたことを裏付ける証拠になる」としている。
弥生時代の土器に詳しい奈良県立橿原考古学研究所の
橋本裕行・総括研究員は
「柳沢遺跡の農耕文化を考える上でも貴重な発見」としている。
同遺跡からは一昨年、銅戈と銅鐸が東日本で初めて一緒に出土。
調査の結果、銅戈8本、銅鐸5個と確認した。
礫床(れきしょう)木棺墓、水田跡なども見つかっている。
◎信濃毎日新聞 2009年5月14日
http://www.shinmai.co.jp/...
◎Google検索「柳沢遺跡」
http://www.google.co.jp/...
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