兵庫・豊岡(北但馬) 縄蓆文土器破片を確認
兵庫県の豊岡市教委は1日、市内2カ所の遺跡から出土していた土器片が、
渡来人が使用していた5世紀後半の縄蓆文(じょうせきもん)土器の
破片だったことを確認したと発表した。
縄蓆文のある土器片の発見は北但馬では初めて。
市教委では、朝鮮半島から日本に渡ってきた
渡来人「アメノヒボコ」の伝説につながる貴重な資料としている。
同市中谷の中谷貝塚と同市土渕(ひじうち)の
八坂神社古墳から出土していた計13の土器片を、
企画展出展のため専門家が鑑定したところ
縄蓆文土器の破片であることが分かった。
それぞれ中サイズの甕(かめ)か壺(つぼ)の破片とみられる。
縄蓆文は、土器の成型技法によって生まれる表面模様の一つで、
朝鮮半島三国時代(4~6世紀)の韓式土器の特徴的技法。
縄蓆文土器を焼いた窯は日本ではほとんど見つかっておらず、
確認された土器片が甕か壺といった実用品であることから、
市教委では渡来人が直接持ち込んだものと判断している。
県内では、播磨地域を中心に約20例の縄蓆文土器の出土が確認されているが、
アメノヒボコの伝説の舞台となった但馬地域では、
朝来市で1例が確認されている程度で、極めて少ないのが現状だった。
今回の発見で北但馬地域でも
確実に朝鮮半島系の渡来人の存在を示す資料が得られたことになり、
市教委では今後の研究に期待を寄せている。
◎日本海新聞 2009年7月3日
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◎Google検索「縄蓆文」
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