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2009.07.09

素盞雄神社

鳥居

祭神

狛犬

獅子山

獅子山

拝殿

拝殿

拝殿

拝殿

本殿

本殿

境内にて

瑞光石

▼荒川区教育委員会案内板より
瑞光石は、素盞雄神社の祭神が翁に姿をかえて
降臨した奇岩といわれ、「瑞光荊石(ずいこうけいせき)」
とも称される。
また、この塚を「古塚(こづか)」と呼んだことから、
小塚原(こづかはら)の地名の由来をこれにもとめる説もある。
嘉永4年(1851年)には周囲に玉垣(たまがき)を築き、
元治元年(1864年)には浅間神社(せんげんじんじゃ)を祀った。
万延元年(1860年)に編纂(へんさん)された
「江戸近郊道しるべ」には、千住大橋架橋の際、この石の根が
荒川(現隅田川)まで延びていたため、
橋脚がうちこめなかったという伝承を紹介している。

瑞光石

浅間神社

境内にて

大イチョウ

境内にて

鳥居

境内にて

境内にて

境内にて

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▼境内案内より
当社の開祖となる黒珍
(こくちん・修験道の開祖役小角[えんのおずめ]の高弟)
の住居東方の小高い塚上に奇岩がありました。
黒珍はそれを霊場と崇(あが)め日夜斎戒礼拝すると、
延暦(えんりゃく)14年(795年)4月8日の夜、
小塚の中の奇岩が突如光を放ち二柱の神様が
翁に姿を変えて現れ、
「吾はスサノオ大神(だいじん)・アスカ大神なり。
吾らを祀らば疫病を祓(はら)い福を増し
永く此の郷土を栄えしめん。」と御神託を授け、
黒珍は一祠(ほこら)を建て鄭重にお祀りし、
当社が御創建されました。

▼荒川区教育委員会案内板より
小塚原、三の輪、下谷通新町、三河島、町屋など
区内で最も広い地域を氏子圏(うじこけん)とする
鎮守(ちんじゅ)で、「てんのうさま」とも呼ばれる。
石を神として尊崇(そんすう)する信仰は全国各地に
みられるもので、当社も石神信仰に基づく縁起を有する。
延暦(えんりゃく)14年(795年)、荊石(けいせき)が
微妙な光を放ち、その光のうちに翁の姿をした二神
(素盞雄命、事代主命[ことしろぬしのみこと])が
現われて神託を告げたという。
そのためその石は「瑞光石(ずいこういし)」と呼ばれ、
出現した二神を祭神として祀る。

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【古事記・日本書紀 Podcasting】
(1)概要紹介
(2)天地開闢・国産み・黄泉の国
(3)黄泉の国・天照大神の誕生
(4)天の岩屋
(5)八岐大蛇
(6)スサノオノミコトと牛頭天王、蘇民将来
(7)因幡の白兎 八上媛
(8)根堅州国 須勢理媛
(9)大国主神の国づくり

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