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2009.09.02

若狭地方で前方後円墳2基確認

福井県小浜市教委と若狭町文化財室は21日、
若狭町脇袋の糠塚(ぬかづか)古墳と小浜市羽賀の丸山城址(じょうし)古墳が、
古墳時代中期末から後期初頭の前方後円墳で、
それぞれ若狭全域、小浜市域の首長級の墓とみられると発表した。
大和政権に食料を献上した「御食国(みけつくに)」若狭の
成立を探る手掛かりになるとしている。

調査は両市町が昨年、文化庁の「文化財総合的把握モデル事業」に
共同採択されたのを受け、
「小浜市若狭町歴史文化基本構想」策定へ向けて実施。
花園大の高橋克壽准教授、若狭高の入江文敏教諭の指導で、
今月3日から行ってきた。

その結果、脇袋古墳群にある糠塚古墳は、
これまで円墳とみられていたが、測量と一部発掘調査により前方部が確認され、
5世紀末ごろに造られた全長50~60メートルの前方後円墳と分かった。
また埴輪(はにわ)のほか斜面に石を葺(ふ)く葺石(ふきいし)、
墳丘の周りに濠(ほり)もあり、位の高さがうかがえた。

脇袋古墳群には、若狭最大の上ノ塚古墳(全長100メートル)、
西塚古墳(同74メートル)、中塚古墳(同72メートル)と大規模な首長墓が3基あり、
御食国と深く関係する膳臣(かしわでのおみ)の墓域と想定されている。
糠塚古墳もこうした広域首長かそれに次ぐクラスの人物の墓とみられている。

一方、丸山城址古墳は県立大小浜キャンパスの
南約500メートルの小浜湾を望む山上にある。
戦国時代に丸山城が築かれ、かなり改変を受けているが、
以前から前方後円墳の可能性が指摘されていた。

今回の測量調査や採取された埴輪片から
5世紀末から6世紀初めの前方後円墳と判明。
全長約30メートルあり、前方部側では石室の一部も確認した。

市文化遺産活用課によると、市内で港を望む首長墓は初めて確認され、
埴輪を伴う山上古墳も初めての発見。
同課では「港を媒介とした交易や御食国として
海産物や塩に携わった者を支配した首長の墓の可能性がある」としている。

◎福井新聞 2009年8月21日
  http://www.fukuishimbun.co.jp/...

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