大和朝廷 2009

2009.12.29

奈良・堂ノ後古墳 国内最古でなかった 築造時期が判明

国内最古の前方後円墳の可能性が指摘されていた
奈良県桜井市の堂ノ後(どうのうしろ)古墳が、
実際は5世紀後半の築造で、最古ではないことが市教委の発掘調査で分かった。

同古墳は、天理大(同県天理市)の学生らのレーダー探査で、
東隣の国内最古とされるホケノ山古墳(3世紀中ごろ)より
古い時代に造られた可能性があるとされたが、
出土した鳥の形をした埴輪(はにわ)の特徴から築造時期が判明した。

学生らは05年1~2月、地上から電磁波を発射し、
地盤構造や埋設物を画像化するレーダー探査を実施。
それまで円墳と思われていた堂ノ後古墳の前方部を見つけた。
さらに、堂ノ後古墳の周濠(しゅうごう)を切り崩して
ホケノ山古墳が築かれた可能性のある痕跡を確認し、
堂ノ後古墳がホケノ山古墳より古いと推定していた。

しかし、市教委が今年6~7月、
学生らがレーダー探査で前方部を見つけた場所を発掘調査したところ、
出土した埴輪などは5世紀後半に作られた特徴があり、
堂ノ後古墳が5世紀後半の築造と判断した。

レーダー探査の結果については、
考古学の専門家から「短絡的に判断するのは危険。
発掘調査して確認する必要がある」と指摘されていた。

◎毎日新聞 2009年12月21日
  http://mainichi.jp/...

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2009.12.10

奈良・コナベ古墳丘に円筒埴輪

宮内庁は4日、奈良市のコナベ古墳(5世紀ごろ、陵墓参考地)の墳丘周辺で、
円筒埴輪三十数本や、家形、柵形埴輪などの破片が見つかったことを明らかにした。
護岸整備工事に伴う発掘調査で見つかったもので、
同日午前、報道陣に現地を公開した。

調査は墳丘周辺の18カ所を発掘。
円筒埴輪は数カ所に分かれ、墳丘に沿ってすき間を空けずに並んでいた。

前方部は保存状態が良く、ほぼ当時のまま残っていた。
葺石は10センチ大の石の上に30センチ大の石を重ねる
二重構造だったことも分かった。

工事は周濠の水により、墳丘のすそが浸食されていることから実施を決定。
事前に遺構や遺物の状況を確認し、
保全方法を検討するため、11月4日から調査を始めた。

コナベ古墳は奈良市北部の佐紀丘陵の東側にある前方後円墳で、
長さ約200メートル、前方部幅129メートル。
丘は3段築成で、くびれ部の両側に造り出しがある。
江戸時代には一時、元正天皇陵とされた。

◎47NEWS 2009年12月4日
  http://www.47news.jp/...

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2009.12.07

鳥取・本高14号墳 山陰最古級と発表

鳥取県教育文化財団は27日、発掘調査を進めている
鳥取市本高(もとだか)の本高古墳群のうち、
「本高14号墳」は山陰地方に前方後円墳が導入された時期にあたる
古墳時代前期中葉(4世紀前半)の
大型前方後円墳(全長63メートル)であると発表した。
出土した土器や古墳の形の特徴などから、山陰地方最古級とみられる。

国道9号(鳥取西道路)の改築工事に伴い、今年5月から発掘調査を進めていた。
県内で全長が50メートルを超える大型の前方後円墳の全体調査は初めてで、
同市内では6番目の大きさという。

これまで山陰地方では、4世紀前半までの有力首長墳は前方後方墳か方墳で、
湯梨浜町にある国史跡「馬ノ山2・4号墳」(4世紀後半)が、
山陰最古の前方後円墳とされていた。

同財団調査室の大川泰広文化財主事は
「山陰地方における前方後円墳の成立を考える上で貴重な発見」とし、
埋葬されている人物として「鳥取平野の中心部を見渡せる位置にあることからもみて、
大和(奈良県)を中心とした近畿中枢の政権と強い結びつきを持った
有力首長の可能性が高い」と推測している。

同財団によると、後円部は直径30~33メートルの楕円(だえん)形。
前方部の平面形は細長く柄鏡のような形で、後円部は2段に造られ、
古い前方後円墳の特徴を備えていた。

墳頂部と前方部、周辺平坦(へいたん)部に
それぞれ2基ずつ計6基の埋葬施設が確認され、
このうち墳丘のすそにある埋葬施設から4世紀前半の特徴を持つ小型のつぼが出土した。

畿内の前方後円墳に見られるような墳丘に並べられた埴輪(はにわ)や葺石(ふきいし)はなく、
日本海沿岸地域の初期段階の前方後円墳の特徴と共通していた。

◎日本海新聞 2009年11月28日
  http://www.nnn.co.jp/...

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広島・甲田町上甲立江田地区の雑木林に前方後円墳

広島県安芸高田市教委は19日、同市甲田町上甲立で、
広島大考古学研究室の踏査により、4世紀後半に築造されたと見られる
前方後円墳が確認されたと発表した。
県内では3番目の大きさで、辰の口古墳(神石高原町)と並び最古級といい、
市教委は「甲立古墳(仮称)」として、市史跡に指定する方針。

市教委によると、確認された古墳は全長75メートルで、
後円部の直径は約15メートル、高さ13メートル。
県内では東広島市の三ッ城古墳(全長92メートル)、辰の口古墳(同77メートル)に次ぐ規模で、
江の川流域では最大級。
墳丘の斜面には川原石が全面に敷き詰められているとみられ、所々で石が露出している。

埴輪(はにわ)を置くテラス状の段築(だんちく)が2段に築かれ、
周辺からは円筒埴輪や舟形埴輪の破片が約20点見つかった。
未盗掘でほぼ原型のまま残っており、
後円部中央に竪穴(たてあな)式石室があると見られる。

古墳は、国道54号から北側の山林を約200メートル登った場所にあり、ヒノキ林となっている。
戦国時代に一帯を統治していた宍戸氏の居城跡に近く、
城郭の一部と伝えられていたが、
昨年1月に山城を調査に来た東広島市教育文化振興事業団の吉野健志さん(46)から
「古墳では」と指摘を受け、調べた。

調査を担当している安芸高田市教委の川尻真主査は、
「前方後円墳があるということは大和朝廷に関係する有力者がいたことを示す。
安芸地方の古代史解明に重要な資料」とし、来年1月に市史跡に指定、
6月頃から試掘調査を始める。
問い合わせは安芸高田市教委生涯学習課(0826・42・0054)。

◎読売新聞 2009年11月20日
  http://osaka.yomiuri.co.jp/...

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2009.11.21

広島・甲立古墳 最古級の前方後円墳を発見

安芸高田市教委は19日、同市甲田町上甲立(かみ・こう・たち)の菊山(きく・やま)で、
4世紀後半の前方後円墳「甲立古墳」(仮称)が見つかったと発表した。
県内最古級で、規模も県内3番目と大型だ。
広島大考古学研究室の古瀬清秀教授は
「盗掘されておらず、保存状態が良好。
県内の古墳時代の解明に重要な役割を果たす可能性がある」と評価している。

市教委によると、南北朝時代の14世紀前半に宍戸氏が菊山に築城した
柳ケ城(やな・が・じょう)跡の郭(くるわ)部分について、
前方後円墳ではないかとの専門家の指摘を受け、08年2月に踏査。
古墳の確認と併せ、埴輪(はに・わ)のかけら約20片を発見した。
今年2月に同研究室に測量調査を依頼し、全体像がつかめた。

菊山の中腹の斜面に築かれ、前方部分を南、後円部分を北に向けている。
全長75メートル、高さ約13メートルで、県内では三ツ城古墳(東広島市、国史跡)、
辰(たつ)の口古墳(神石高原町、県史跡)に次ぐ規模。
円筒埴輪の破片など出土品から、県内最古級の辰の口古墳とほぼ同じ
4世紀後半の築造とみられる。
側面は近くの江の川から運んだとみられる石がほぼ全面に敷き詰められている。
古瀬教授は「立派な建造物に見せ、権力を誇示したのではないか」とみている。

安芸地方の大型古墳では、三ツ城古墳より100年近く古い。
当時は墓の大きさは権力を反映しており、
古瀬教授は「4世紀後半には備後だけでなく、
安芸にも巨大な権力を持った人物がいたことを示す」と説明している。

市は来年1月に市史跡に指定し、来年度から2年かけて試掘する予定。

◎朝日新聞 2009年11月20日
  http://mytown.asahi.com/...

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富山・百塚遺跡 ガラス玉 県内最多の70個出土

富山市百塚の百塚遺跡で19日までに、
弥生時代後期から古墳時代初頭(1~3世紀ごろ)の墳墓11基が見つかり、
副葬品とみられる約70個のガラス玉が出土した。
1カ所から出土したガラス玉としては県内最多となる。
また、県内最古となる、石で棺を固定したとみられる埋葬部分も見つかった。
市埋蔵文化財センターは「呉羽山丘陵北部に有力な集団がいた証拠になる」としている。

ガラス玉は直径3~5ミリの鮮やかな青色で、
首飾りなどに使われたとみられる。
1カ所からの出土例では、
これまで同市杉谷の杉谷A遺跡の27個が県内最多だった。

棺の固定に使われた石は直径30センチ程度の川原石で、
長さ約2・5メートル、幅約1・2メートル、深さ約1メートルの埋葬施設に61個が確認された。
同センターの鹿島昌也主任学芸員は
「当時の墳墓で石を使う例は、県内では珍しい」と話している。

富大人文学部の高橋浩二准教授は、百塚遺跡に円形周溝墓が集まっている点に注目し、
「有力者が古墳を築き始めるまでの過程を明らかにする貴重な資料」としている。

◎富山新聞 2009年11月20日
  http://www.toyama.hokkoku.co.jp/...

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2009.11.18

纒向遺跡 大型建物の発見について

佐賀女子短期大学 高島忠平氏

◎佐賀新聞 2009年11月10日
  http://www.saga-s.co.jp/...

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大阪府立近つ飛鳥博物館長 白石太一郎氏

◎中日新聞 2009年11月11日
  http://www.chunichi.co.jp/...

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橿原考古学研究所総務企画部長 寺澤薫氏

◎産経新聞 2009年11月13日
  http://sankei.jp.msn.com/...

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奈良・纒向遺跡 3世紀前半の国内最大面積の建物跡を発見

邪馬台国の有力候補地とされる奈良県桜井市の
纒向(まきむく)遺跡(2世紀末~4世紀初め)で、
3世紀前半(弥生時代末~古墳時代初め)の大型建物跡1棟が見つかった。
市教委が10日発表した。

同時期の建物としては、国内最大の面積で、
邪馬台国の女王・卑弥呼が君臨した時期にあたり、
専門家は「邪馬台国の中枢施設の可能性がある」と指摘している。
畿内説と九州説が対立する邪馬台国の所在地論争に影響を与える発見となる。

市教委によると、周辺で以前に発掘された3棟とともに
中心軸が東西の同一線上に並ぶなど例のない計画的な配置が施されていた。

大型建物は南北19.2メートル、東西12.4メートル、
床面積は約238平方メートルと推定している。
柱穴13個(直径32~38センチ)を確認。
その間には、一回り小さい柱穴9個(直径23~25センチ)もあった。
南北の柱間(約4.8メートル)を支える束柱(つかばしら)だったとしている。
東西の柱間(約3.1メートル)にはなかった。

出土した柱穴群の西側は6世紀に造られた溝で削られていた。
しかし、見つかった柱穴の形や並び方から見て、
削られた部分にも同様の柱列があったと判断した。

また、大型建物跡の西側では、すでに3世紀前半の小中規模の建物跡3棟が見つかっていた。
大型建物跡と同じ方位を向き、中軸線も東西の同一直線上に並んでいた。
周囲からは総延長40メートル以上の柵(さく)列も出ており、
大型建物跡など東側の3棟は柵内に区画されていたとみられる。
計画的に配列された建物群は、飛鳥時代の宮殿や寺では一般化するが、
今回は最古の例という。

大型建物跡の一部は、方形周溝墓とみられるL字形の溝で壊されていた。
溝から3世紀中ごろの土器が出土したため、大型建物の時期は3世紀前半と判断した。
纒向遺跡中心部の全体像を探るため、9月から約390平方メートルで調査を進めていた。
これまでの調査面積は、遺跡全体の約5%にすぎず、
今後の調査によって、さらに東側などに建物などが確認される可能性も期待されている。

3世紀後半までの大型建物跡としては、
吉野ケ里遺跡(佐賀県)の高床式建物跡(2世紀、約156平方メートル)や、
樽味四反地(たるみしたんじ)遺跡(松山市)の
掘っ立て柱建物跡(3世紀後半、約162平方メートル)などがある。

邪馬台国は、3世紀末の中国・三国時代の史書「魏志倭人伝」に記載されている。
宮殿や物見櫓(やぐら)、城柵があったと記されているが、
纒向遺跡ではこれまで大型建物跡が出土しておらず、畿内説の「弱点」とされてきた。

◎朝日新聞 2009年11月10日
  http://www.asahi.com/...

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2009.10.29

京都・今里車塚古墳 出土の埴輪 盾と冑の一体型と確認

京都府長岡京市埋蔵文化財センターは28日までに、
市内の今里車塚古墳から出土した盾形と冑(かぶと)形の埴輪(はにわ)を復元した結果、
二つは上下に組み合わせる一体型の埴輪であることを確認した。
盾と冑の一体型埴輪は近畿を中心に出土例があるが、
「その中でも古い部類に入るだろう」としている。

今里車塚古墳は、4世紀後半の前方後円墳で、
2006年度の第11次調査で、盾形と、前方部がとがった冑形の形象埴輪が出土。
当初、二つはそれぞれ別の埴輪とみられていたが、
出土した場所が近く、材料の土の種類も似ており、
関連性を検証したところ、一体型と判明。
欠損部分を石こうで補って復元し、組み合わせた。

埴輪は高さ1・1メートル、直径0・4メートル。
冑が頭部、盾が胴体部にあたり、同センターは
「武装兵士をイメージして作られ、古墳に埋葬された有力者を守っていたのでは」とみる。
文様は、古い時代の木製や革製の盾や冑に通じる特徴があり、
一体型としては最古級の可能性もあるという。

◎京都新聞 2009年10月29日
  http://www.kyoto-np.co.jp/...

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鹿児島・天辰寺前遺跡 古墳時代の女性人骨

薩摩川内市教委は23日、同市天辰町の天辰寺前(あまたつてらまえ)遺跡で、
貝製腕輪をした女性の人骨1体と銅鏡など副葬品が出土したと発表した。
1600年前の古墳時代の円墳とみられ、腕輪をした人骨が出土したのは県内初という。

円墳は昨年7月発見され、直径約28メートル、高さ約3メートル。
今年8月から頂上部分にある深さ約1・5メートルの石室内部を調査した。

市教委文化課によると、出土した人骨は頭と腕、ろっ骨など。
イモガイという貝で出来た腕輪が左腕に13個、右腕に1個あった。
「骨格がきゃしゃで、歯の成長状態から20歳代の女性とみられ、
この付近の支配者であったと推定される」としている。

副葬品の銅鏡は、直径10センチ、重さ148グラムで国内製。
長さ10センチ、重さ19グラムの刀子(とうす)という鉄製の小刀1個も出土した。

◎毎日新聞 2009年10月24日
  http://mainichi.jp/...

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