福岡・石勺遺跡 古墳時代の大規模集落跡発見
大野城市教委は15日、同市曙町の石勺(こくじゃく)遺跡から
古墳時代前期-中期(4世紀後半-5世紀前半)の
大規模集落跡が見つかったと発表した。
首長の副葬品として一般的な銅鏃(どうぞく)(銅製矢じり)や、
5世紀前半に朝鮮半島から伝わったかまど跡などが出土したことから、
同市教委は「朝鮮半島の文化を積極的に受け入れた
先進性の高い権力者の拠点集落だったのではないか」と分析している。
石勺遺跡は総面積約14万平方メートル。
1988年から10回発掘調査し、縄文時代から室町時代の遺構・遺物が出土。
今回の調査地点は遺跡西側のマンション建設予定地(約3千平方メートル)。
確認されたのは、古墳時代の竪穴住居跡33棟、掘立(ほったて)柱建物2棟。
複数の住居跡で、壁際に粘土で固めたかまどや炉とみられる跡が見つかった。
かまどは5世紀前半に朝鮮半島から伝わり、6世紀までに日本に定着したとされ、
同遺跡のかまどは伝来初期のものとみられる。
畿内で権力者の権威を示す副葬品として多数出土する銅鏃1点が出土。
同市教委によると、集落跡からの出土は珍しい。
朝鮮半島系土器1点も見つかり、
製法などから朝鮮半島の土器をまねて国内で造られた可能性が高いという。
同規模の集落は周辺に九州大学構内遺跡(春日、大野城市)などがあり、
こうした遺跡と並んで半径約2キロ四方の中心的な集落だったとみられる。
◎西日本新聞 2010年1月16日
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