EF57

栃木県・宇都宮駅東公園にて平成22年5月に撮影

栃木県・宇都宮駅東公園にて平成22年5月に撮影

栃木県・宇都宮駅東公園にて平成22年5月に撮影

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栃木県・宇都宮駅東公園にて平成22年5月に撮影

栃木県・宇都宮駅東公園にて平成22年5月に撮影

栃木県・宇都宮駅東公園にて平成22年5月に撮影

栃木県・宇都宮駅東公園にて平成22年5月に撮影

栃木県・宇都宮駅東公園にて平成22年5月に撮影

栃木県・宇都宮駅東公園にて平成22年5月に撮影

栃木県・宇都宮駅東公園にて平成22年5月に撮影

栃木県・宇都宮駅東公園にて平成22年5月に撮影

栃木県・宇都宮駅東公園にて平成22年5月に撮影

栃木県・宇都宮駅東公園にて平成22年5月に撮影
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EF57形は、日本国有鉄道(国鉄)の前身である
鉄道省が旅客列車牽引用に製造した直流用電気機関車である。
鉄道省が太平洋戦争前に製造した最後の旅客用電気機関車であり、
東海道本線における優等列車牽引用途を企図したものである。
戦時体制下で開発・製造された機関車ではあったが、
良質な材質・工作によって製造され、
当時における優秀機として完成された。
基本的な外観は、
長大な2C+C2配置の台車枠上に箱形車体と
両端のデッキを備える古典的形態である。
1940年(昭和15年)10月に登場した1号機は、
既存の旅客列車用電気機関車EF56形の13号機として
出場する予定であったが、出力275kWの
新開発強力型モーター「MT38」を新たに搭載することになり、
定格出力が1,350kWから1,650kWに強化されたことで、
新形式に改められた。
外観はEF56形後期形(8 - 12)に準じ、
パンタグラフが中央に寄っていることで区別できる。
EF56形は、日本で初めて
客車の暖房用蒸気発生装置を車載した電気機関車であるが、
本形式も基本仕様は踏襲し、
煙管式のボイラーと水および重油タンクを車載している。
これによって、暖房用ボイラーを搭載した
「暖房車」を冬期に連結することを不要とした。
1941年(昭和16年)に2号機以降が登場。
1943年(昭和18年)までに前述の1号機を含めて15両が
日立製作所、川崎重工業・川崎車輌で製造された。
1号機と2号機以降との最大の相違点は、
屋上のパンタグラフ2基を車体両端一杯に寄せ、
蒸気暖房装置の煙突に接触しない様にやや高い位置に設置して、
可能な限り2基の間隔を採るように改め、
さらに通風器を増設した点が挙げられる。
これは、抵抗器容量の変更から
機器室内の通風能力を向上させる必要が生じたこと、
パンタグラフ2基が接近していることによる
架線押上げ力の増大への対策などが原因である。
他にも車体の側面形状が変更されるなど、
外見は1号機と大きく異なったものとなっている。
戦後の東海道本線浜松電化(1949年(昭和24年)に際し、
同区間には蒸気機関車牽引当時の
跨線橋やトンネルが多く残っており、
2号機以降についてはパンタグラフ高さを抑制する必要が生じた為、
パンタグラフを前方に450mm移動させて
屋上車端部からアウトリガを張り出し、
ここにオーバーハングしてパンタグラフを設置する形態に改められた
(これにより、パンタグラフ取付け高さが100mm低められた)。
パンタグラフがますます極端に突き出した武骨きわまりない形態は、
他にほとんど類例がなく、本形式の特徴として印象付けられるに至った。
製造当初は沼津機関区に配置され、
戦前戦中における最強力の旅客列車用機関車として、
東海道本線の特急・急行列車を中心とした客車列車の牽引に使用された。
ただし、蒸気暖房装置は不調な場合が多いことから
暖房装置取り扱い専門の機関助士が乗務しただけではなく、
運転中に暖房装置の状態を監視しやすくするため
転車台で方向転換をして運用したこともあったが、
石油不足もあって、暖房車を連結して走ることも多かった。
戦後、1946年(昭和21年)開発の旅客列車用後続形式であるEF58形は、
蒸気暖房装置が搭載されなかったこともあって、
EF57形は引き続き東海道本線の優等列車牽引機として、
特急「つばめ」や「はと」の牽引も担当するなど、幅広く運用された。
一方、1948年(昭和23年)11月に12号機が
追突事故を起こして事故廃車となっている。
しかし、1952年(昭和27年)以降EF58形が大改良を受けて
1,900kW級・自動式暖房ボイラー搭載の流線型機関車となり、
大量増備されるようになると、
出力の劣るEF57形は優等列車の牽引機の座をEF58形に譲り、
普通列車の牽引が主な運用となった。
さらに、1956年(昭和31年)の東海道本線全線電化を控えて、
車軸がコロ軸受ではなく長距離運用が困難で、
またかねてから、長編成の列車が多い東海道本線では
暖房能力の不足が指摘されていた本形式は、
高崎・上越線で使用されていた蒸気暖房装置付きの
EF58形と交換する形で高崎第二機関区や長岡機関区に転じた。
1975年(昭和50年)の山陽新幹線博多開業によって
広島・下関区で余剰となったEF58形が宇都宮運転所に転入すると、
EF56形の全機廃車とともにEF57形も状態不良車から廃車が始まり、
1976年(昭和51年)10月のダイヤ改正後は
残存機が20系客車に置き換えられた
夜行急行「新星」を牽引することもあったが、
EF58形の転入が進んだことにより
1977年(昭和52年)正月の臨時列車牽引を最後にほぼ運用を終え、
1978年(昭和53年)10月までに全機が廃車された。
7号機が宇都宮市の宇都宮駅東公園で静態保存されている。
また、1号機の動輪が宇都宮運転所に保存されている。
(Wikipediaより)
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コメント
こんばんは^^
地元の有志(OB?)の方の目が行き届いているとは
聞いていましたが、大切にされている様子が判ります。
控えめに磨き上げられているところが、まるで現役機の
ようですね。
投稿: SIn | 2010.06.01 18:59
SInさん、こんばんわ。^^
保存会の皆様のおかげで、見事な姿に感動涙でした。
ほどよい磨き具合、
今すぐにでも走り出しそうな雰囲気ですよね。
4月の宇都宮市民の日と10月の鉄道の日近くの日曜日の
年2回、柵の中に入れる一般公開日があるようです。
投稿: 船土和斗 | 2010.06.02 23:36