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2010.09.20

EF64

長野県・長野駅にて撮影

1965年7月から9月にかけて落成した1次量産車で、
奥羽本線板谷峠対応用に製造されたグループ。
外観上の特徴は、尾灯が小型の内はめ式で、
避雷器はLA15形をパンタグラフ前方に設置している。

(Wikipediaより)

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長野県・辰野駅にて撮影

新潟県・妙高高原駅にて昭和63年8月15日に撮影

1966年3月から6月にかけて落成した2次量産車で、
中央東線輸送力増強用および
中央西線名古屋 - 瑞浪間電化開業用の名目で
製造されたグループ。
貨物専用機として製造されたためにEGは非搭載で、
相当する重量の死重を搭載した。
外観的には、尾灯が大型化された。

(Wikipediaより)

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1970年1月から4月にかけて落成した4次量産車で、
31・32号機は新東京国際空港建設資材輸送用の名目で、
33~36号機は中央東線・飯田線・身延線
貨物列車輸送力増強用の名目でそれぞれ製造された。
名目はいずれも貨物列車に関連するが、
旅客列車牽引にも対応するためにEGを搭載している。
本グループから、室内灯が白熱電球から蛍光灯に変更され、
EB・TE装置が設置された。

(Wikipediaより)

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長野県・長野駅にて撮影

1971年3月から5月にかけて落成した5次量産車で、
飯田線・身延線等貨物列車輸送力増強用ならびに
中央東線電気機関車新性能化の名目で製造された。
旅客列車牽引にも対応するためにEGを搭載している。

(Wikipediaより)

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群馬県・高崎第二機関区にて昭和62年8月3日に撮影

群馬県・高崎第二機関区にて昭和62年8月3日に撮影

1000番台は1970年代末期に国鉄が最後に開発した
直流電気機関車である。
上越線や高崎線で当時使われていた
EF58形・EF15形・EF16形の置き換え用に1980年より投入された。

性能は基本番台とほぼ同様であるが、
各部仕様は基礎から再検討がなされたため、
基本番台との差異は大きい。
計画にあっては形式の変更もあり得たが、
労働組合との間で新型機関車導入に関わる
難しい折衝を行う必要があるので
在来機のマイナーチェンジ(新規番台区分)扱いとした。

高崎車両センターに配置されている1001号機は、
1987年3月にお座敷客車「くつろぎ」をはじめとする
イベント列車牽引ならびに、EF55形1号機の補機として
ぶどう色1色に白帯を配した塗装に変更された。
同機は主に高崎・上越線の
工事列車・臨時列車で使用されているほか、
団体臨時列車の牽引などで
東海道・中央・信越・伊東線・日光線などに入線した事例もある。
また、同センターに配置されている
D51形498号蒸気機関車の無火回送の
牽引仕業に充てられる場合もある。

(Wikipediaより)

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EF64形は、日本国有鉄道(国鉄)が1964年に開発した、
勾配線区用向け直流電気機関車である。

1960年に国鉄の大型電気機関車としては
最初の近代化形であるEF60形が完成して以後、
本線の列車牽引用としては東海道・山陽本線向けのEF61形と
信越本線用のEF62形・EF63形が開発されていた。

EF60形・EF61形は平坦路線牽引用、
またEF62形は信越本線横川~軽井沢間の
国鉄最急勾配に対応した本務機、
EF63形は碓氷峠用補機という特殊設計となっており、
他の一般勾配路線では、EF62形・EF63形が備える
急勾配用の装置は必要としなかった。

しかし一方で、奥羽本線の板谷峠越えや中央本線など、
勾配区間に対応する新型機関車が必要な直流電化路線も多く、
これに対応するために開発され、
1964年に登場したのが本形式である。

1964年から1976年の間に基本番台(1~79)が79両、
1980年から1982年の間に大幅な設計変更を行った
1000番台(1001~1053)が53両の計132両が製造された。

客車列車に使用するため電気暖房装置(EG)を搭載した車両と、
未搭載の貨物列車専用機が存在する。

重連運転を行うことからEF62形・EF63形と同様の
前面貫通形となっているが、
前面窓部分の傾斜をなくしているため
EF62形・EF63形とは若干印象の異なる前面形状となった。

また本形式では車体塗装を茶色ではなく、
青15号に前面下半部のみクリーム1号の新塗装としている。
従来は寝台特急列車牽引用のEF60形500番台のみが
青色とクリーム色のツートンカラーであったが、
本形式以降、直流新形電気機関車は
すべてこの塗装が採用されることとなった。

(Wikipediaより)

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コメント

こんにちは^^

私は0番台と1000番台の区別しか判りませんが、0番台も結構細かい差異があるのですね。
1000番台がもし別の形式で通っていたら、こちらがEF67になっていたのでしょうね・・・・根岸線を悠々と
横浜の街中を走るのは、未だにちょっと違和感を覚えたりします(苦笑

投稿: SIn | 2010.09.23 17:06

SInさん、こんばんわ。

EF64の基本番台、見た感じ同じに見えますが
名目の違いで色々と差があるようですね。

東海道沿線組の自分としては
どちらかというと62の方が身近だったせいか
あまり64に対する思い入れみたいなものは無いのですが
最近、続々と基本番台が廃車されているとの話を聞くと
残り少ない機関車達に会いたい気持ちが高まってきました。

根岸線での64は、自分も違和感感じます。
なんでしょうね・・この横浜と64のミスマッチ感は。^^

64-1000がEF67になっていたら、67が68、68が69で
数字が飛ぶことなくEF70につながっていましたね。(笑)

投稿: 船土和斗 | 2010.09.23 22:59

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