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2011.03.27

津波の大きさ

このたびの地震で被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして
心よりお見舞い申し上げます。

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東北の太平洋岸は昔から何度も大津波の被害を受けています。
ここ数年の地質調査や遺跡発掘でも
想定を超える規模で大津波があったことが明らかにされていました。

もう二度と今回のようなことにならないためにも、国・自治体には
感情論に流されることなく冷静に、過去が残した “跡” を直視し
今後の被災地復興計画を進めていただくと共に、
東海・南海・東南海連動型地震での想定なども含め
全国各地の津波対策再検証を強く願います。

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拡大

賛否両論あるかと思いますが、
あえてこちらの画像を掲載しました。

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中央防災会議・津波に対して危険な地域

気象庁・東海地震による震度や津波はどの程度に?

想定東海地震区域の津波防災情報図

東海道、南海道の地震 防災システム研究所

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2007年7月の記事
沓形遺跡で津波被害を受けた水田跡を発見

河北新報&NHKより

仙台市若林区荒井の「沓形(くつかた)遺跡」を発掘調査していた
仙台市教委は25日、約2000年前に襲来した津波で運ばれた砂の層に覆われた、
弥生時代の水田跡が見つかったと発表した。
津波被害を受けた水田跡の確認は、全国で初めてという。

当時の海岸線から遺跡までは約2kmもあり、
かなり巨大な津波だったと推測される。

宮城県仙台市若林区荒井の沓形遺跡発掘調査資料

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2008年7月の記事
縄文、弥生時代に大津波か

南三陸町戸倉の波伝谷地区で六月末から二日まで、
歴史上の記録が存在しない過去の大規模地震の周期や、
それに伴う津波の浸水域などを探る地質調査が行われた。

海から約三百メートル離れた湿地の下から泥炭層を挟む形で
海浜礫(れき)と海の砂の二つの地層が確認され、
三千?二千年前(縄文?弥生時代)に
大きな津波が二度あったことが推定されるという。

大阪市立大大学院理学研究科の原口強・准教授と
東北大大学院付属災害制御研究センターの後藤和久・助教が共同で行った。
過去の津波の浸水域のほか、宮城県沖地震で想定されている連動型は
過去に本当にあったのかなどを調べ、今後の防災や減災に役立てる。

史書に残されている日本での大規模な地震、津波は、
平安前期の八六九年七月にあった「貞観(じょうがん)の津波」が最古で、
津波は仙台平野一帯を水没させ、千人を超える水死者が出たとされている。

今回の調査地点となった波伝谷地区は、
一九六〇年のチリ地震津波で浸水した場所。
さらに、神様の御座船が停泊中に大波で打ち上げられ、
動けなくなったことが起源とされる戸倉神社もあり、
歴史的な背景も調査対象としての関心を高めた。

同神社の氏子総代で町文化財保護委員も務める後藤一磨さん(六〇)の案内で、
神社裏手の湿地で地下約四メートルまでのサンプルを採取した。
原口准教授は「海浜の礫層と砂の層が確認できた。
海から運ばれた堆積(たいせき)物で、津波の痕跡と思われる」と説明。
「おそらく縄文から弥生時代にかけてのもの」と話し、今後、年代を特定するという。

同地区での周期や浸水域の推定には
「チリ地震津波、明治、昭和の三陸大津波の痕跡も必要」としており、
秋から冬にかけて、さらに海岸寄りの地点で再調査をすることにしている。

◎三陸河北新報 2008年7月4日
  http://www.sanriku-kahoku.com/...

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