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2011.04.24

DD51

東京都・尾久車両センターにて平成22年11月に撮影

東京都・尾久車両センターにて平成22年11月に撮影

東京都・尾久車両センターにて平成22年11月に撮影

東京都・尾久車両センターにて平成22年11月に撮影

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

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DD51形ディーゼル機関車とは、日本国有鉄道(国鉄)が
1962年(昭和37年)から1978年(昭和53年)にかけて製造した
ディーゼル機関車である。

幹線から蒸気機関車を廃する「無煙化」を推進するため、
1962年から1978年までの16年間に649両が製造された。

先行して導入されたものの幹線用としては
やや非力であった電気式のDF50形に代わる、
本格的な幹線用主力機として開発されたもので、
速度面では旅客列車用大型蒸気機関車C61形を、
牽引力では貨物列車用大型蒸気機関車D51形を上回る性能を持つように
設計されている。

入換・支線用小型機DD13形での実績をベースに新開発された
1000PS級エンジンを2基装備し、
動力伝達方式は幹線用では初めて液体式として製造された。

幹線用の大型機関車としては世界でも一般的とは言い難い
小型機関車同様に中央部運転室を持つ凸型車体を採用したが、
この形態を採用した理由は、最大軸重の制限、エンジン回りの整備性、
機器配置の容易さなどによるものである。

本形式の登場後も、より大出力のエンジンを1基装備したDD54形や、
軸重を軽減したDE50形など、幹線・亜幹線用のディーゼル機関車が
開発・製造されたが、前者は不調続きで短命に終わり、
後者は電化の進展で投入する機会が得られず、試作機のみで終わった。
その結果、合理化推進のための車両「標準化」により、
性能の安定したDD51形のみが長期量産・運用されることになった。

本形式は、最盛期には四国地方を除く日本全国で使用され、
非電化幹線の無煙化・動力近代化を推進した。
しかし、電化の進展と客車・貨物列車の減少により、
1987年のJR移行までに約3/5が余剰廃車され、
JR各社には593号機以降の完全重連タイプのみの259両が継承された。

その後も客車・貨物列車のさらなる減少、
DF200形など新型機関車への置き換え、加えて老朽化のため、
少しずつ数を減らしつつある。
しかし、本州以南向けの後継機の開発がないこともあり、
日本貨物鉄道(JR貨物)所属車には延命のための更新工事が実施されるなど、
本形式は当面継続して使用される見通しである。


1号機

第1次試作型で1962年に日立製作所が製造。
エンジンはダイハツディーゼル製DML61S (1,000PS) を2基搭載している。
DD13形の後期型と同様の円形の装飾リム付きの
シールドビーム式前照灯を2灯ボンネット前端に配置し、
運転室屋根もヒサシ状とはなっていないため、
2号機以降に比べて丸みを帯びた印象となっている。
登場当初はぶどう色2号を基調に白帯を回し、
帯が左右の前照灯間で斜めに切れ下がり突き合わされた独特の塗装色だったが、
のちに2次試作機以降と同じくオレンジ色を基調に白帯の塗装に変更され、
秋田機関区に配置された。

当初は機関や変速機の特性不一致などで所定の性能が得られなかったが、
そのデータは2号機以降に活かされることになり、
本機ものちに改修され面目を一新した。

2 - 4号機が増備されると盛岡機関区に転属し、
その後も東北地方中心に運用されたが
晩年には再び秋田機関区に転属し1986年に廃車。
長らく当時の高崎第二機関区に保存されていたが、
1999年以降より登場当初の塗装色に戻され、
碓氷峠鉄道文化むらに保存されている。

(Wikipediaより)

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▼Ody485さんの動画より

たちあがれ東北号 燃料輸送列車

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コメント

はじめまして。
ぽちっとありがとう。happy01

電車、とてもきれいですね〜
いい顔しています。
名前もすてきなものがたくさんついていますよね。
同じものっていくつくらいあるのでしょう?

投稿: まま | 2011.04.25 21:03

ままさん、おはようございます。
コメありがとうございます。
いい顔と言われて、機関車も喜んでいると思います!^^
そういえば、様々な名前のマーク、ヘッドマークと言われますが
同じ名前のものが何枚くらいあるのか、鉄道が好きな自分も???です。
ままさんの突っ込み、鋭しです。(笑)

投稿: 船土和斗 | 2011.04.26 09:36

おはようございます^^

「はくつる」や「日本海」などDD51で実在したもでしたね。
いまとなっては伝説の域に達していそうですが・・・

DD51も来年で半世紀ですね。
正直、私と”同世代”の鉄道車両で最後まで
残る勢いかな、と最近思います。
磐越西線の代替輸送は終了したのでしょうか・・・使命感漂ういい姿でした。

投稿: SIn | 2011.05.01 08:35

SInさん
DD51+20系の「はくつる」「日本海」、現役姿を見てみたかったです。
リバイバル企画でDD51の活用も期待したいところです。^^

SInさんと同世代ですか。DD51は、まだまだ頑張れそうですよね。
SInさんも負けずにお体にはお気をつけください。(変な話のフリですみません。汗笑)

磐越西線の輸送、TVでドキュメントが放送されたり
被災地の皆さんにも力を与えていたようですね。

投稿: 船土和斗 | 2011.05.01 22:54

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