2008.10.07


105系

奈良県・奈良駅にて平成20年10月に撮影

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105系電車は、日本国有鉄道(国鉄)が
1981年(昭和56年)から製造した直流通勤形電車。

地方電化線区で使用されていた旧形電車を代替するもので、
小単位編成組成に適したシステムを備える。

三大都市圏で使用する通勤形電車は、1980年(昭和55年)頃までに
ごく一部の例外を除き新性能電車への置き換えが完了していた。
しかし、それ以外の地方電化ローカル線には依然として
戦前から1950年代に製造された吊り掛け駆動方式の40系や72系などの
いわゆる「旧形国電」が残存し、製造後30年以上が経過して車体の老朽化や
設備の陳腐化が進んでいた。
一部には車体を新性能車と同等のものに更新した
「アコモ改善車」と呼ばれる車両も存在したが、
走行性能や整備面での新性能車との差が大きく、
遠からず車両運用上の支障となることも明白であった。
このため、これらの路線の旧型国電については
他地域の新性能電車を転用したり、
既存系列の新性能車両新製増備で置き換えを進めることになった。

だが、利用者の少ない時間帯に2両編成の列車を運行していた路線では、
既存の新性能車両では置き換えにくい事情があった。
旧形国電では走行に必要な機器は電動車1両で完結した状態ですべて搭載しており、
MT比1対1の2両編成を組むことができた。
これに対して新性能電車は長編成を組む大都市圏での運用を前提に
電動車2両で1つの機構として完成するユニット電動車方式を採用しており、
2両編成を組んだ場合は2両とも電動車とならざるを得ない。
これでは過剰性能の上に不経済であった。
また、新性能電車の電動車はほとんどが中間車で、
改造なしでの2両編成以下での転用はほぼ困難という実情もあった。

そこで、地方電化ローカル線向けとして旧形国電と同様に
MT比1:1の2両編成を組むことができるように電動車1両での走行を可能にした
構造(1M方式)の電車として開発されたのが本系列である。
国鉄における1M方式の新性能電車としては
すでに北海道向け交流専用近郊形電車の711系の他、
直流車でもクモユ141形や143系の荷物車、事業用車での実績があったが、
旅客用直流電車としては本系列が初めてである。

(Wikipediaより)

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◎Google検索「105系」
  http://www.google.com/...

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2008.06.22


近鉄 16000系 / 大井川鉄道

静岡県・金谷駅にて平成19年9月に撮影

静岡県・新金谷駅付近にて平成19年9月に撮影

静岡県・金谷駅にて平成19年9月に撮影

静岡県・金谷駅にて平成19年9月に撮影

静岡県・金谷駅にて平成19年9月に撮影

静岡県・大井川鐵道車内にて平成19年9月に撮影

静岡県・大井川鐵道車内にて平成19年9月に撮影

静岡県・大井川鐵道車内にて平成19年9月に撮影

静岡県・大井川鐵道車内にて平成19年9月に撮影

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16000系電車は、近畿日本鉄道の特急形車両。

狭軌線である南大阪線に初めて登場した特急用車両。
1965年(昭和40年)2月に竣功。
同年3月18日から阿部野橋-吉野間で営業運転を開始した。
観光シーズンに運用されていた
モ5820形による「かもしか号」の代替としての位置づけである。

Mc(運転台付電動車)-Tc(制御車)の2両編成を基本とし、
丸みをおびた車体断面で車体幅は2,740ミリ。
主要機器は6000系と同一のものを使用しており、主電動機は三菱電機製135kW。
ただし主制御器は南大阪線で初めての抑速制動付きとした。
11400系のデザインをベースとしているが、車体の裾絞りが曲面となっているほか、
屋根高さも低い。車販準備室はMcに、トイレはTcに設けられていた。

1977年(昭和52年)までに2両編成8本(16両)と、
1974年(昭和49年)に中間車のMとT(付随車)を挟んだ
4両編成1本(4両)の計20両が製造された。

性能は6000系に準じており、起動加速度2.3km/h/s、
平坦線釣合速度は125km/h、33‰勾配時の釣合速度は71km/hである。

1977年より特急標識が、増解結時に支障を来さない
ホームベース型のものに取り替えられた(16009Fのみ最初からその標識)。
1995年から座席モケットの張替えや、
デッキ増設(16007F~16009Fは座席モケット、デッキ、化粧版更新のフル更新改造、
16005Fと16006Fは座席モケット交換のみの簡易更新改造で
近鉄特急の中では唯一デッキ無しの車両である)、
Mc車の連結面寄り側面扉と車販準備室を撤去等の更新工事を実施した編成もある
(ただし間接照明と正面方向幕と側面方向幕は設置されなかった)が、
後継の16400系が製造されたため、2連4本が運用から撤退した。
また、方向板も1990年に英文入りに変わったが、2004年秋以降は、
運転席内に行き先カードが差込みできる方式に変更されている。
同時に「回送」と「大阪阿部野橋」のカードが制作されている。
南大阪線における特急の車内販売廃止後は自動販売機が設置されていたが、
現在は廃止されている。

このうちの3本は大井川鐵道に譲渡され、
塗装もそのまま大井川鐵道16000系として大井川本線で各駅停車で運用されている。
前面の「特急」の文字が変更され、ワンマン化改造に伴う最前部1列の座席の撤去と
トイレ・洗面所・車販準備室の封鎖を実施した以外は
ほぼ近鉄時代そのものの状態で運用されている
(16003Fは座席のリクライニング機能もそのまま使用できる)。
大井川鐵道では最高級の設備を有している車両であり、
当初は主に電車急行用として使用されていたが、
2003年に電車急行の運転が中止されて以降は同線の各駅停車の主力として活躍している。
2005年1月には16004Fが廃車となったが、
他社譲渡されず16000系のなかで初めて解体されている。

(Wikipediaより)

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◎Google検索「近鉄 16000」
  http://www.google.com/...

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2008.06.20


20系

神奈川県・戸塚駅付近にて撮影

神奈川県・東戸塚駅付近にて撮影

鉄友からもらった写真

神奈川県・根府川駅付近にて昭和61年8月31日に撮影

神奈川県・戸塚駅付近にて撮影

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国鉄20系客車は、日本国有鉄道(国鉄)が
1958年(昭和33年)に開発した寝台特急列車用客車である。

日本で初めて、同一系列・同一意匠の車両による
「固定編成」を組むことを前提に設計された客車であり、
冷房装置や空気ばね台車の装備などで居住性を大きく改善した
画期的な車両であった。

青一色に統一された外観はデザイン的にも優れ、
以後の客車寝台特急も含めて「ブルートレイン」と呼ばれる起源となった。

1958年10月から、東京~博多間特急「あさかぜ」に投入され、運行を開始した。
1986年(昭和61年)11月に定期運用を終え、
1998年(平成10年)までに全車廃車となった。

最初に投入された列車にちなみ「あさかぜ形客車」と呼ばれ、
その設備の優秀さから登場当時は「走るホテル」とも評された。

1958年から1970年(昭和45年)までに合計16形式473両が製造され、
本州・九州において長距離寝台特急に広く使用された。
日本各地に寝台特急列車網を構築した功績は大きい。

1970年代後半からは設備の陳腐化により、
本来の特急列車としての運用を離脱して
急行列車や臨時列車に用いられることが多くなった。

1980年(昭和55年)10月の「あけぼの」の24系化を最後に特急での定期運用が消滅し、
1986年11月には「だいせん」「ちくま」を最後に急行での定期運用も消滅した。

1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化時には
主に臨時列車用として東日本旅客鉄道(JR東日本)に34両、
西日本旅客鉄道(JR西日本)に63両が承継され、
「カートレイン」や「シュプール号」などの臨時列車に使用された。
しかし、老朽化により年々数を減らすと同時に運用の機会も減少し、
末期には予備車扱いで少数が残されるのみであった。

1997年11月、JR西日本により新大阪発岡山行の快速「さよなら20系客車」が運転され、
これが当系列の最終運用となった。
この列車の牽引機にはEF58形150号機が使用され、
新大阪駅では記念式典が行われた。
JR東日本でも1996年までに廃車されたが、さよなら運転は行われなかった。

なお、末期は14系や24系と近似した塗装に変更され、白帯が一本削除されていた。

(Wikipediaより)

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◎Google検索「20系」
  http://www.google.com/...

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