鉄道写真6

2009.08.02

ケハ600形 ひたちなか海浜鉄道(旧・茨城交通)

茨城県・那珂湊駅付近にて平成19年8月に撮影

茨城県・那珂湊駅付近にて平成19年8月に撮影

茨城県・那珂湊駅付近にて平成19年8月に撮影

茨城県・那珂湊駅付近にて平成19年8月に撮影

茨城県・那珂湊駅付近にて平成19年8月に撮影

茨城県・那珂湊駅付近にて平成19年8月に撮影

茨城県・那珂湊駅付近にて平成19年8月に撮影

------------------------------------------------------

日本初のステンレス製気動車として登場した。

正面は湘南型だが、上部に明かり取り窓がある変わったスタイルだった。

登場時より液体式であるが総括制御不能であり、
連結運転時に付随車として使用するためのジャンパ線は新設されたものの
不便が多かったこともあり、
鹿島臨海鉄道からの譲渡車などに押され後年はほとんど稼動しなかった。

1992年廃車。

1963年6月20日までは水戸駅への直通運転にも使用されていた。

車体のみ那珂湊機関区に現存し倉庫となっていたが
市民団体「おらが湊鉄道応援団」の手により整備され、
現在はギャラリーになっている
(当初は動態復元をする計画があったが、
車体の老朽化が激しく断念されたという)。

(Wikipediaより)

------------------------------------------------------

おらが湊鐵道応援団サイトより

おらが湊鐵道応援団さんの活動

------------------------------------------------------

◎Google検索「ケハ600」
  http://www.google.com/...

------------------------------------------------------

| | コメント (2) | トラックバック (0)

松本電気鉄道 5000系

長野県・松本駅にて昭和62年8月2日に撮影

長野県・新村駅付近にて平成19年8月に撮影

長野県・新村駅付近にて平成19年8月に撮影

長野県・新村駅付近にて平成19年8月に撮影

長野県・新村駅付近にて平成19年8月に撮影

長野県・新村駅付近にて平成19年8月に撮影

長野県・新村駅付近にて平成19年8月に撮影

長野県・新村駅付近にて平成19年8月に撮影

長野県・新村駅付近にて平成19年8月に撮影

長野県・新村駅付近にて平成19年8月に撮影

長野県・新村駅付近にて平成19年8月に撮影

------------------------------------------------------

松本電気鉄道5000系電車は、
松本電気鉄道がかつて保有していた電車である。
東急5000系電車の譲受車で、上高地線で使用されていた。

1986年に上高地線が架線電圧を750Vから1500Vに昇圧する際、
これまで使用されていた10形を代替するため、8輛が投入された。
譲受に際し、下記の改造が実施されている。

・ワンマン機器(バックミラー、出入口表示器等)の取り付け
・前照灯のシールドビーム化
・両運転台化(モハ5007・5009)
・電装解除(クハ5002・5004・5006)
・塗色を白地に赤・青の帯、「MRC」のロゴの入ったものに更新

なお、東急で譲渡工事終了後の試運転に際し、
下塗りの白一色の「アルビノ」の状態で試運転されている。
種車は全て東急時代デハ5000形(制御電動車)。

1986年以来、上高地線で使用されてきたが、
非冷房であったことや車体・機器の老朽化から
車輛の代替が行われることになり、1999年~2000年の間に
3000系(元京王井の頭線3000系)に全車代替された。
5007+5009は閑散時の単行運転を考慮して両運転台化されたものだったが、
実際に単行で営業運転されることはなかった。

2006年5月、上田電鉄のイベントのために5200系の外観復元を行った際、
本系列で使用されていたパンタグラフが譲渡された。

現在新村駅隣の車庫に5005-5006の編成が留置・保存されている。
なお、新村駅職員によると、5005-5006の編成が
廃車後も新村車庫の留置線に保存目的で残しているとのことだが、
車体は錆びや塗装の剥がれが目立ってきていて、
かなり悪い状態になってきたため、
地元・沿線ボランティア(主に「古い電車で新しい語らいの会」)等による
再塗装が実施されている。
なお再塗装は途中の段階であり、順次補修し復元していく模様である。

また、「古い電車で新しい語らいの会」は沿線にある
松本大学の学生、松本電鉄職員、地域住民などにより構成される団体である。
松本電鉄上高地線や5000系電車を利用し、
地域活性化のため定例会やイベントの企画、運営を行い
地域活性化に貢献している。

(Wikipediaより)

------------------------------------------------------

東京都・旧・多摩川園(現・多摩川)駅周辺にて撮影 ※旧・東急目蒲線

長野県・上田駅にて撮影 ※上田交通

------------------------------------------------------

東急5000系電車は、東京急行電鉄に在籍していた通勤形電車。
1954年(昭和29年)から1959年(昭和34年)までに105両が製造された。

航空機の技術を応用した超軽量構造と、
アメリカからの技術導入による最新鋭の電装機器を兼ね備え、
それ以前の日本の電車とは隔絶した高性能と軽快な車体スタイルを実現した。

下ぶくれの愛嬌ある車体形態は
ライトグリーン(萌黄色)1色に塗装されていたことからカエルを連想させ、
「青ガエル」「雨ガエル」などの通称で利用者に親しまれた。
工業デザインの見地からも秀逸な車両である。
このライトグリーンは当初透明度が高かったが、
退色しやすく後に彩度を落とし東急鋼製車の標準色とされた。

東急では1986年(昭和61年)までに全車廃車されたが、
1970年代以降地方私鉄に大量譲渡され、ローカル線の近代化にも貢献した。

東急で運用を離脱した後に、旧型車の置き換え・サービス向上のために
64両が地方私鉄に譲渡された。
これだけ大量の車両が譲渡された理由として、経年が浅かったことのほか、
軽量のため橋梁など重量制限のある構造物への支障がない、
1M方式のため短編成が組みやすいなどの特徴により、
地方私鉄でも導入が容易だったことが挙げられる。

しかし、構造上冷房装置設置改造が困難なことに加えて、
直角カルダン駆動の保守部品調達も難しくなってきていることから、
京王電鉄3000系などに代替されて、
譲渡されたほとんどの車両がすでに廃車となっている。

2008年(平成20年)現在でも稼動しているのは
熊本電気鉄道の2両を残すのみとなり、
東急時代の緑一色の塗装に戻されて運用されている。

塗色変更で「赤ガエル」などになった車両、
中間車へ運転台が取り付けられて
切妻型の先頭車「平面ガエル」となった車両もある。

デハ5001号は譲渡先の上田交通で1993年(平成5年)に廃車となった後、
静態保存のため東急に返却され、
登場時の緑塗装に復元の上、長津田検車区での保存を経て、
東急車輛製造の構内で保管されていたが、
2006年(平成18年)に車体の短縮が行われ、
同年10月26日から渋谷駅ハチ公口で昔の渋谷駅の写真とともに、
ダルマ状態で展示されている。

(Wikipediaより)

------------------------------------------------------

mkurashinaさんの動画より

------------------------------------------------------

◎Google検索「松本 5000系」
  http://www.google.com/...

------------------------------------------------------

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009.07.24

EF53

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

群馬県・碓氷峠鉄道文化むらにて平成19年9月に撮影

群馬県・高崎機関区撮影会にて昭和62年8月3日に撮影

静岡県・沼津機関区にて昭和61年8月9日に撮影

------------------------------------------------------

EF53形は、日本国有鉄道(国鉄)の前身である鉄道省が、
1932年(昭和7年)から製造した直流用電気機関車である。

EF52形をベースに旅客列車用電気機関車として誕生した。
EF52形に比べ高速性能の向上、機器類の信頼性と機能の向上が図られており、
省形電気機関車の一つの完成形として、
後続のEF56形、EF57形などの基本となった。
1934年(昭和9年)までに日立製作所・芝浦電気・汽車製造・
三菱電機・川崎造船所・川崎車両で19両が製造された。

直流電化区間用の機関車で、登場間もなくは
東海道本線東京 - 沼津の電化区間において、
特急「富士」・「つばめ」に代表される優等列車の牽引を中心に使用されていた。
そのような列車の牽引を担っただけに性能や取り扱いの面では優れていた。

この高い性能と高い信頼性を受け、
1933年(昭和8年)には16 - 18号機の3両が
お召し列車用の機関車(17号機は予備機)に指定され、
1954年(昭和29年)に後継のEF58形(60・61)が製造されるまで使用された。

太平洋戦争後は、暖房用の蒸気発生装置を搭載するEF58形が登場すると、
蒸気発生装置を搭載しておらず、冬季に旅客列車の牽引を行う時は
暖房車の連結を要したため、高崎線などの地方の電化区間へ転属するか、
東京周辺の小運転用に使用される様になった。

1963年(昭和38年)、山陽本線瀬野 - 八本松間の
急勾配区間「瀬野八」における補助機関車を無煙化するのに伴い、
ある程度両数がまとまっていて、車両の状態が良く、
かつ余剰気味となっていた本形式に白羽の矢が立ち、
EF59形に改造されることになった。
改造に際しては、運用上必要な両数を改造する方式で何度かに分けて改造され、
最後まで残っていた3両が1968年(昭和43年)に改造されたのを最後に、
EF53形は形式消滅した。

EF59形に改造後は、本来後継形式となるはずだったEF61形(200番台)の不具合もあり、
EF67形の投入によって置き換えられるまで長期にわたって使用された。
幸いにも、置換え後も数両が解体されることなく保管され、
その中のEF59 10(EF53 1)は、1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化時に
展示用の不可動状態とはいえ西日本旅客鉄道(JR西日本)の車籍を得ており、
2006年(平成18年)までその車籍を保持していた。

EF59 11が、EF53 2に外観だけ戻されて、
碓氷峠鉄道文化むらに静態保存されている。

また、EF59 1(EF53 8)が碓氷峠鉄道文化むらに、
EF59 16(EF53 17)がカットボディとして
日本貨物鉄道(JR貨物)の広島車両所に静態保存されている。
なおEF59 10(EF53 1)がJR西日本の下関地域鉄道部下関車両管理室に
保存されていたが、2006年(平成18年)7月に解体されている。

(Wikipediaより)

------------------------------------------------------

◎Google検索「EF53」
  http://www.google.com/...

------------------------------------------------------

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009.06.03

ホームライナー 改め 「家路」号

元写真 © SInさん

雑仕上げですみません・・
ウソ電しちゃいました。(汗)

JRさん、ぜひ「家路」号を!house

SInさん、
貴重なお写真をありがとうございました。happy01

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009.05.30

ゆうゆうサロン岡山

神奈川県・戸塚駅付近にて撮影

-----------------------------------------------------

ゆうゆうサロン岡山は、
日本国有鉄道(国鉄)および西日本旅客鉄道(JR西日本)が
1985年(昭和60年)から保有している鉄道車両(客車)で、
ジョイフルトレインと呼ばれる車両の一種である。

岡山鉄道管理局向けとして12系客車を改造して製作された欧風客車である。
1985年に幡生車両所で改造に着手し、同年11月に完成した。

愛称の「ゆうゆうサロン岡山」は一般公募1,835通の中から選定された。「ゆうゆう」には

悠々 - ゆったりと落ち着いた旅を
遊 - 旅を楽しもうとする遊び心
友 - 気の置けない仲間となごやかな旅を
裕・優 - ゆったりとリッチな旅を
誘 - 旅への誘い、旅心を駆り立てる

の意味を持たせている。

落成後、岡山運転所に配置され、1985年11月16日に営業運行を開始した。
当初は岡山地区発の団体臨時列車のほか、
岡山から各地への臨時急行列車などにも使用された。
国鉄分割民営化後はJR西日本(岡山支社)に承継された。

1993年12月末に延命工事が実施され、
白地に薄緑・オレンジ・紫色の山型模様の塗装に塗り替えられ、
「ユウユウサロン岡山」と改称された。
現在、岡山電車区に配置され現用中である。

営業運転にあたり、電気機関車EF65 123が専用機関車となり、
客車と同じ色に塗り替えられた。
のち客車の延命工事の際にオレンジ色一色に塗り替えられたが、
2002年8月31日付けで廃車となった。

(Wikipediaより)

------------------------------------------------------

◎Google検索「ゆうゆうサロン岡山」
  http://www.google.com/...

------------------------------------------------------

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.05.29

C62形 蒸気機関車

北海道・倶知安駅付近にて撮影

-----------------------------------------------------

C62形蒸気機関車は、
日本国有鉄道(国鉄)の旅客用テンダー式蒸気機関車である。

1948年から翌年にかけてD52形蒸気機関車の改造名義で49両
(日立製作所21両・川崎車輛(現・川崎重工業)15両・汽車製造13両)が製造され、
東海道本線、山陽本線など主要幹線の優等列車牽引に使用された。
日本最大最強の旅客用蒸気機関車である。通称シロクニ。

終戦当時、国鉄(当時は運輸省)には
戦時物資輸送用の貨物用機関車が大量に在籍していたが、
これらは終戦と共に大半が余剰となった。
一方で、旅客用機関車はかなり不足していた。
これに加えて、買出しによる列車の混雑は激しくなる一方であり、
旅客用機関車はさらに不足するようになった。
しかし占領軍の方針により機関車の新製が認められることは困難であった。

そこで、GHQ側担当将校デ・グロートの助言に従い、
余剰となっていた貨物用機関車のうち一部の車両のボイラーを
旅客用機関車に転用することとし、
ボイラー以外の部分は既存の旅客用蒸気機関車の設計を
流用して組み合わせた機関車を『改造』名義で製造することになった。

占領軍(GHQ)のインフレ抑制政策(ドッジ・ライン)の指示は
本形式とC61形がほぼ全機ロールアウト後の1949年3月のことであり、
巷間言われるような関係は無い。

これにより、D51形からC61形、D52形からC62形が改造された。
C61形は、C57形相当の乙線規格の機関車であったのに対し、
C62形はC59形に代わる特別甲線での
特急列車・急行列車の牽引を目的に改造されたものである。

松本零士作の漫画「銀河鉄道999」にも、
主役の銀河鉄道超特急999号の牽引機としてC62形が登場する。
原作の漫画及び映画版では実車が存在した48号機であったが
(松本零士が同機のプレートを保有していた)、
テレビアニメ版では実物に敬意を表して架空の50号機になっている。
なお、アニメーションを制作するに当たって関係者が
梅小路に保存されている2号機を取材し、
動輪の動き方や蒸気の噴出の様子等を調査していったと言う。

(Wikipediaより)

------------------------------------------------------

◎Google検索「C62」
  http://www.google.com/...

------------------------------------------------------

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009.05.09

鉄道ファン(京急ファン)に嬉しいホテルに泊まってみた

利用したのは 京急EXイン 大森海岸駅前 【快特120kmプラン♪】 です。

朝食は1Fの UCCカフェプラザ、トーストもコーヒーも美味しかったです。^^

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009.05.06

秩父鉄道 6000系

埼玉県・影森駅にて平成21年5月に撮影

埼玉県・影森駅にて平成21年5月に撮影

埼玉県・影森駅にて平成21年5月に撮影

埼玉県・三峰口駅にて平成21年5月に撮影

埼玉県・三峰口駅にて平成21年5月に撮影 / 芝桜

------------------------------------------------------

秩父鉄道6000系電車は、秩父鉄道の急行列車用車両。

本系列は、西武鉄道の新101系4両編成3本(12両)を
2005年(平成17年)に購入し、3両編成に改造した上で、
秩父鉄道の3000系(元JR東日本165系)で運用されていた
急行「秩父路」に投入して同系列との置き換えを進めた。

2006年(平成18年)3月15日の急行「秩父路1号」で運用を開始した。
その後も順次3000系からの置き換えを行い、
同年11月25日をもって同系列が運用から離脱し、
それ以降の急行「秩父路」はすべて本系列となった。

2007年(平成19年)3月6日のダイヤ改正よりワンマン運転を実施している。

車内がロングシートからクロスシートに変更されるとともに中央の側扉を撤去し、
それを埋め込んだ上で大型の固定窓を新設した。
これにより旅客用乗降口が片側3ヶ所から2ヶ所となった。

座席は西武10000系の更新時に発生した旧シートを再利用した
オールクロスシートとなっており、
わずかであるがリクライニングさせることも可能である。
なお、車幅の関係から回転はできず、
向かい合わせに固定のままでの運用となっている。
車端部やドア間の一部の座席は窓との位置がずれている箇所もある。
また、背面テーブルが撤去されている部分でも
テーブル止めが残っている箇所がある。

元々急行形だった3000系と違い通勤型から改造したため、
デッキは装備されていない。

(Wikipediaより)

------------------------------------------------------

走行音

---------------------------------------------------

◎Google検索「秩父鉄道 6000」
  http://www.google.com/...

------------------------------------------------------

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009.04.13

江ノ島駅に303号車先頭部

http://railf.jp/...

江ノ島駅に落ち着いたようです。^^

2007年9月の引退イベントにて。
まだ全く写真をまとめていないので、年内には・・(汗)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009.04.03

寝台特急 明星

鉄友からもらった写真

鉄友からもらった写真

| | コメント (4) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

FM-Selfpit | 【逆説の日本史】への旅 | これまでの旅と散歩 | ごてんば線まつり | ディーゼル機関車 | 三崎口駅周歩 | 二宮駅周歩 | 人間社会問題・INDEX | 伊豆急下田駅周歩 | 保存鉄道 | 保存鉄道2 | 切符 | 北海道旅行記 | 南小谷駅周歩 | 城ヶ崎海岸駅~伊豆高原駅周歩 | 大和朝廷 2009 | 大和朝廷 2010 | 大胡駅周歩 | 宇宙の話 | 宇宙2 | 宇宙3 | 宇宙4 | 宇宙5 | 宇宙6 | 宇宙7 | 川越建物探訪 | 弥生時代 2008 | 弥生時代 2009 | 弥生時代 2010 | 新村駅周歩 | 新白河駅周歩 | 旧フランス大使館 No Man's Land | 昭島駅周歩 | 松本駅周歩 | 根津駅周歩 | 桐生建物探訪 | 極楽寺駅周歩 | 歴史 | 歴史ラジオ | 流山駅周歩 | 知人リンク | 福島第一原発 | 縄文人の作品 | 船土線 | 荒川線の日 | 蓮台寺駅~伊豆急下田駅周歩 | 豊橋建物探訪 | 足尾駅~間藤駅周歩 | 近代日本 | 那珂湊駅周歩 | 郡山の建物 | 野辺山駅周歩 | 鉄道 | 鉄道写真 | 鉄道写真10 | 鉄道写真11 | 鉄道写真12 | 鉄道写真2 | 鉄道写真3 | 鉄道写真4 | 鉄道写真5 | 鉄道写真6 | 鉄道写真7 | 鉄道写真8 | 鉄道写真9 | 鎌倉駅周歩 | 鎌倉駅周歩2 | 鑑賞映画 | 長谷駅周歩 | 非自然色横濱画2 | 飛鳥・斑鳩・平城京への旅 | 飲んだビール | 飲んだビール2 | 飲んだビール3