船土線

2011.06.06

今日の船土線 / モ1032

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2010.04.03

今日の船土線 / 185系

国鉄185系電車は、日本国有鉄道(国鉄)が設計・製造した直流特急形電車。
1981年(昭和56年)から1982年(昭和57年)にかけて227両が製造された。
1987年(昭和62年)の分割民営化時には、
全車両が東日本旅客鉄道(JR東日本)に承継された。

老朽化した急行形電車(153系・165系)の置換え用電車であり、
投入された線区の事情によって仕様の異なる
0・200番台の区分番台が計画された。

当初の置換え対象は急行列車だけでなく普通列車にも適用され、
さらに製造直前に想定されていなかった特急列車への格上げを実施するため
従来の「特急用車両は特急専用」という慣例を打ち破り
国鉄史上初めて普通列車と特急列車の両方で
運用することを前提に設計・製造された。
しかし、本系列が登場した時点で既に2扉クローズドデッキ車による
東京近郊での普通列車用としての運用は事実上不可能になっており、
各特急列車の回送を目的とした列車の客扱にとどまった。
ただし、都心部と比較して
輸送量が少ない高崎地区では朝の通勤列車に運用された。

(Wikipediaより)

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神奈川県・新子安駅にて撮影

神奈川県・根府川駅付近にて撮影

静岡県・伊豆多賀駅にて撮影

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今日の船土線 / コキ

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2010.01.05

今日の船土線 / 一畑電気鉄道3000系

一畑電気鉄道3000系電車は、
一畑電気鉄道(現・一畑電車)が1996年に導入した通勤形電車。

一畑電気鉄道(現・一畑電車)の車両近代化のため、
2100系に続いて導入された車両で、
本系列の導入によって北松江線の近代化が完了した。

南海電気鉄道21000系を譲受・改造し、
1996年(平成8年)12月27日に2連4本の計8両が竣工した。
編成はモハ3000形(Mc) - モハ3010形(Mc)となっている。

モハ3000型に設置されているパンタグラフは、
貫通路側のものが撤去されて1基のみとなり、
ワンマン運転用に前面窓両側にサイドミラーが取り付けられている。

前面側面ともに行先方向幕はなく、
前後の運転台の窓に行先が書かれたプレートが取り付けられている。

イエローを主体として、側窓下がホワイト、
側扉・前照灯周りがダークブルーで塗装され、
前面窓下には同じくダークブルーで太帯が描かれている。

車内はロングシートで、側扉付近に乗車整理券発行機を、
運転台後部に運賃表示機と自動両替機付運賃箱を設置している。

(Wikipediaより)

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今日の船土線 / キハ58 28

国鉄キハ58系気動車は、旧日本国有鉄道が
1961年に開発した急行形気動車である。

1969年まで大量に増備され、
1960年代から1980年代にかけて幹線・ローカル線を問わず
日本全国で急行列車を中心に投入された。

なお、「キハ58系」という表記は、
同用途の同系車体を持つ国鉄気動車を趣味的もしくは
便宜的に分類したものであり、国鉄が定めた正式のものではない。

1960年代に、蒸気機関車牽引列車を置き換え、
スピードアップと居住性改善を図る無煙化を目的に大量製造され、
日本全国で急行列車を中心に運用された。

明るく見通しの良い広い車内と大きな1段上昇窓を備え、
蒸気機関車の引く旧来の客車とは一線を画した
『速くゆとりのある旅』を乗客に提供した。

幹線・ローカル線の別なく全国に気動車急行列車網を完成させた車両である。

1970年代以降、幹線電化の著しい進展に伴い、急行列車の電車化、
さらには特急列車への格上げが進められたことから、
気動車急行列車は徐々にその運用域を狭めた。
本系列も1980年代以降はローカル線の普通列車用として多くが転用されている。

1987年の国鉄分割民営化後も、相当数がJR各社に引き継がれ、
未電化の地方ローカル線の普通列車や快速列車を中心に運用される一方、
一部の車両は「ジョイフルトレイン」と呼ばれる団体専用列車用に改造されたものもある。
しかし、老朽や後継形式の増備に伴って淘汰・廃車が進行し、
2009年時点では極めて限定された少数が運用されているに過ぎない。

(Wikipediaより)

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◎Google検索「キハ58」
  http://www.google.co.jp/...

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今日の船土線 / 0系

新幹線0系電車は、1964年の東海道新幹線開業時に開発された
初代の新幹線車両である。

1964年から1986年まで38次にわたり、
改良を重ねつつ総計3,216両が製造された。

世界ではじめて200km/hを超える営業運転を達成し、
航空機に範をとった丸みを帯びた先頭形状と、青・白塗り分けた流線形の外観で、
初期の新幹線のイメージを確立した。

第8回(1965年)鉄道友の会ブルーリボン賞受賞。

1964年の開業から、東海道・山陽新幹線用として
足かけ44年にわたって運用されたが、
新型車両の登場や経年による老朽化から晩年は山陽新幹線区間のみの運転となり、
2008年11月30日定期営業運転を終了、
同年12月14日のさよなら運転をもって営業運転を終えた。

(Wikipediaより)

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昭島市・新幹線電車図書館にて

昭島市・新幹線電車図書館にて

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2009.10.21

今日の船土線 / 富山ライトレールTLR0600形

TLR0600形電車は富山ライトレール富山港線の
路面電車車両(LRV:Light Rail Vehicle)。
2007年鉄道友の会ブルーリボン賞受賞車。
同社開業の2006年(平成18年)4月29日より営業運転を開始した。

新潟トランシスで製造された2車体連節低床式路面電車(LRV)で、
開業に合わせて7編成が導入された。
もともとドイツの車両製造メーカーアドトランツ
(後にボンバルディア・トランスポーテーションに吸収)の技術を
ライセンス導入したもので、同様の車両に熊本市交通局9700形電車、
岡山電気軌道9200形電車、万葉線MLRV1000形電車がある。

特に隣接市で走るMLRV1000形とは前面以外はほとんど同じような設計で、
同社の運用面でのさまざまな事象が参考にされている。

車体は白色を基調としているが、ドアの周囲などに編成ごとに異なる
アクセントカラー(虹にちなんだ七色:赤・オレンジ・黄・黄緑・緑・青・紫)が施されている。
2006年3月23日に第一陣としてアクセントカラーが
赤の編成(形式:TLR0601A&B)が搬入され、30日に最後の搬入が行われた。

形式名の「TLR」とは「Toyama Light Rail」の頭文字。
右1桁目の数字に前記のカラーの順に1から7までが割り当てられている。
末尾アルファベットAの車両が岩瀬浜駅方でパンタグラフを備えており、
Bが富山駅北駅方である。

愛称は、2005年に一般公募で付けられた「ポートラム(PORTRAM)」。
由来は富山港線の「港」の英訳「ポート(port)」に、
路面電車を表す「トラム(tram)」を組み合わせたもの。

7編成それぞれに富山県立富山北部高等学校の情報デザイン科生徒によりデザインされた、
ネコと電車をモチーフとするマスコットキャラクター「とれねこ」が用意されている
(開業記念時には先頭車両ガラス部分に、
それぞれのマスコットキャラクターのシールが貼られていた。
また乗車人数100万人達成時にも同様のシールが貼られている)。

ラッシュ時も含め常時7編成が使われているわけではなく、ローテーションで利用されている。
これは当初ラッシュ時以外の予備も含めて6編成を新造する予定であったが、
営業企画の段階で「7にすることにより、虹の色の数、七福神の数とそろえられ、
アピール度が高まる」とのことから、7編成導入されたため。

(Wikipediaより)

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◎Google検索「TLR0600」
  http://www.google.co.jp/...

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2009.10.16

今日の船土線 / 富士急行5700形

元は1954年から1959年にかけて製造された
小田急2200形・2220形・2300形・2320形である。
形式名は、「昭和57年導入開始」ということでモハ5700形となった。

1982年から1984年にかけて、3次にわたり転入した。
1次車は元2200形・2300形、2次車は元2320形、3次車は元2220形である。
入線に際しての改造は、小田急時代のATSと列車無線の撤去、
スノーブロウの取り付け、客用ドアへの冬期対策などである。

この車両の導入により、吊りかけ駆動車は
事業用のモハ3600形を残して、すべて置き換えられた。

1984年に、1次車の台車と主電動機が交換され
(台車:FS203→FS316、駆動方式:直角カルダン→WN平行カルダン)、
性能面での統一が図られた。

しかし非冷房の上老朽化が目立つことから、
1000形(元京王5000系)の導入と引き換えに、
1993年から1997年にかけて全車廃車になった。

最終廃車は5711F(元2320形)と5717F(元2220形)であった。

同時期に引退した3100形と共に会社が車両の引き取り先を新聞で公募したため、
3両が保存車両として残っている。
モハ5707・モハ5708は笛吹市に、モハ5716は甲斐市に静態保存されている。

営団2000形電車の銚子電気鉄道デハ1000形への改造に際し、
本形式の台車とパンタグラフの廃車発生品が流用された。

(Wikipediaより)

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◎Google検索「富士急行 5700」
  http://www.google.co.jp/...

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2009.10.14

今日の船土線 / 70系

国鉄70系電車とは、日本国有鉄道で使用された旧形近郊形電車形式群の総称である。
戦前に製造された51系をベースに、横須賀線や京阪神緩行線、中央東線など、
通勤路線用と中距離路線用としての性格を併せ持った路線で使うために
3扉セミクロスシート車として開発され、1951年から1958年にかけて、
中間電動車モハ70形及び低屋根構造で歯車比の異なるモハ71形、制御車クハ76形、
2等車のサロ46形(のちにサロ75形に改番)の各形式、
合計282両が製造(モハ71形の一部は、木造車の鋼体化改造名義)された。

70系が登場したのは80系2次車の登場後だったため、
80系同様、前面2枚窓の湘南フェイスで登場した。
車体及び座席は、70系が51系をベースに製造されたことから
3扉セミクロスシートとなっているが、2等車(のちの1等車・グリーン車)は
2扉クロスシートで製造された。
また、湘南電車に比べて比較的乗車距離の短い横須賀線向けに製造されたことから、
湘南電車80系のサロ85形とは異なり、70系の2等車は、デッキと客室との仕切なしで登場した。

70系は、基本的に同系列車のみで編成を組成することを前提とした80系とは異なり、
長編成での使用を想定していなかったことや、
横須賀線では32系・42系と、京阪神緩行線では51系と、
中央東線では72系との混結編成が、それぞれ見られた。
他系列と混結されることが前提であったことから、
編成上の車両数を充足していた3等付随車は製造されなかった。
初期には、床や屋根が木造の半鋼製車であったが、
1954年度には屋根を鋼製化、更に1957年度製造の最終グループは全金属化され、
300番台を付番された。
この他にも、モハ71001は国電初の全金属車として有名である。

前面スタイルの特徴が80系に似ているが、メカニズム面では72系に近い。

保存車両は存在しない。

(Wikipediaより)

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東京総合車両センターにて

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◎Google検索「70系」
  http://www.google.co.jp/...

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2009.09.30

今日の船土線 / 秩父鉄道300系

秩父鉄道300系電車は秩父鉄道に在籍していた急行形電車である。

優等列車である急行「秩父路」に使用されていた秩父鉄道のオリジナル車。
1959年(昭和34年)に日本車輌で製造された。
登場当時はデハ300(M1)+デハ300(M2)の2連であった。

スタイルは当時流行の湘南顔を採用した。
デザイン的には南海21001系に酷似し、装備はWN継手駆動、
三菱製モーターと制御器や日本車両製など
1956年に製造された富士山麓電鉄(現富士急行)3100形と共通点が多い。

第1編成の台車は同じ日本車両製の長野電鉄2000系と同じNA4P、
第2編成は秩父鉄道初の空気バネ台車NA301となった。

車内は車輌の中ほどに寄った片開き2ドアで
座席はボックスタイプのシート(クロスシート)であった。
なお、M2車(デハ302,304)には便所が設置されていたが、後に撤去されている。

その後1966年に同じく日本車輌で中間車サハ350形が2両増備された。
台車は各編成に併せてあるが、サハ352号はアルミ製車輌である。
これにより3連2本となった。

1990年代になると非冷房、老朽化などから置き換えられることになり
1992年3月から3000系が導入された。
3000系第1編成導入時は急行増便のため運用離脱することはなかったが、
同年6月、3000系第2編成の導入に伴い第1編成が運用離脱した。

その後同年10月に3000系第3編成の竣工と共に
本形式第2編成も10月29日に運用離脱することとなり、
10月25日にさよなら運転が行われた。

その後休車となり、石原駅や広瀬川原駅に留置されるなどされた後、
1997年3月31日付で全車廃車となった。
廃車後は全車解体されており、現存しない。

(Wikipediaより)

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◎Google検索「秩父鉄道 300」
  http://www.google.co.jp/...

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