鉄道写真8

2010.04.10

豊橋鉄道 名鉄 ホム100形

愛知県・高師駅付近にて平成21年8月に撮影

愛知県・高師駅付近にて平成21年8月に撮影

愛知県・高師駅付近にて平成21年8月に撮影

愛知県・高師駅付近にて平成21年8月に撮影

愛知県・高師駅付近にて平成21年8月に撮影

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かつて名古屋鉄道で運用されていた
貨車(15t積の2軸のホッパ車)である。
9両(101 - 109)が存在した。

1965年(昭和40年)3月に日本車両製造で2両(101・102)製造された。
同年12月に2両(103・104)、
1967年(昭和42年)に2両(105・106)が増備され、
その後、名古屋鉄道新川工場でも
同一車両(107・108・109)が製造されている。

犬山駅、矢作橋駅などに配備され、砕石(バラスト)散布に運用されていたが、
2001年(平成13年)、JR東海からホキ800形が購入されたことにより、
7両(101 - 105・108・109)が廃車となり、
残る2両(106・107)は揖斐線に転属となる。

揖斐線ではト1形に代わってバラスト散布に従事していたが、
2005年(平成17年)、揖斐線の廃止とともに廃車される。

2001年に廃車となった車両のうち、3両(103・108・109)は
豊橋鉄道に譲渡され、形式および車番はそのままで(名古屋鉄道の銘板もそのまま)
渥美線で従事していたが、2004年頃から運用の実績はなく、
2009年現在、高師駅側線に留置されている状態である。

(Wikipediaより)

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2010.04.06

秩父鉄道 デハ100形 クハニ20形

埼玉県・三峰口駅にて平成21年5月に撮影

埼玉県・三峰口駅にて平成21年5月に撮影

埼玉県・三峰口駅にて平成21年5月に撮影

埼玉県・三峰口駅にて平成21年5月に撮影

埼玉県・三峰口駅にて平成21年5月に撮影

埼玉県・三峰口駅にて平成21年5月に撮影

埼玉県・三峰口駅にて平成21年5月に撮影

埼玉県・三峰口駅にて平成21年5月に撮影

埼玉県・三峰口駅にて平成21年5月に撮影

埼玉県・上熊谷駅前 BOURBON CLUBにて平成21年10月に撮影
(クハニ20形 クハニ22)

埼玉県・上熊谷駅前 BOURBON CLUBにて平成21年10月に撮影
(クハニ20形 クハニ22)

埼玉県・上熊谷駅前 BOURBON CLUBにて平成21年10月に撮影
(クハニ20形 クハニ22)

埼玉県・上熊谷駅前 BOURBON CLUBにて平成21年10月に撮影
(クハニ20形 クハニ22)

埼玉県・上熊谷駅前 BOURBON CLUBにて平成21年10月に撮影
(クハニ20形 クハニ22)

埼玉県・上熊谷駅前 BOURBON CLUBにて平成21年10月に撮影
(クハニ20形 クハニ22)

埼玉県・上熊谷駅前 BOURBON CLUBにて平成21年10月に撮影
(クハニ20形 クハニ22)

埼玉県・上熊谷駅前 BOURBON CLUBにて平成21年10月に撮影
(クハニ20形 クハニ22)

埼玉県・上熊谷駅前 BOURBON CLUBにて平成21年10月に撮影
(クハニ20形 クハニ22)

岡本喜八監督 赤川次郎原作 幽霊列車

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秩父鉄道100形電車は秩父鉄道に在籍していた通勤型電車である。

1950~1954年に、主に木造車の鋼体化改造車として
日本車輌製造東京支店で製造された。
最大時、デハ100形デハ101~113、クハ60形クハ61~67、
クハニ20形クハニ21~30、クハユ30形クハユ31の31輌が在籍したが、
1988年までに全車両が廃車になった。

(Wikipediaより)

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2010.04.03

今日の船土線 / 185系

国鉄185系電車は、日本国有鉄道(国鉄)が設計・製造した直流特急形電車。
1981年(昭和56年)から1982年(昭和57年)にかけて227両が製造された。
1987年(昭和62年)の分割民営化時には、
全車両が東日本旅客鉄道(JR東日本)に承継された。

老朽化した急行形電車(153系・165系)の置換え用電車であり、
投入された線区の事情によって仕様の異なる
0・200番台の区分番台が計画された。

当初の置換え対象は急行列車だけでなく普通列車にも適用され、
さらに製造直前に想定されていなかった特急列車への格上げを実施するため
従来の「特急用車両は特急専用」という慣例を打ち破り
国鉄史上初めて普通列車と特急列車の両方で
運用することを前提に設計・製造された。
しかし、本系列が登場した時点で既に2扉クローズドデッキ車による
東京近郊での普通列車用としての運用は事実上不可能になっており、
各特急列車の回送を目的とした列車の客扱にとどまった。
ただし、都心部と比較して
輸送量が少ない高崎地区では朝の通勤列車に運用された。

(Wikipediaより)

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神奈川県・新子安駅にて撮影

神奈川県・根府川駅付近にて撮影

静岡県・伊豆多賀駅にて撮影

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2010.03.23

209系

東京都・赤羽駅にて撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

神奈川県・久里浜駅にて撮影

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209系電車は、東日本旅客鉄道(JR東日本)の直流通勤形電車。

日本国有鉄道(国鉄)から大量に引き継ぎ、老朽化が進んだ103系の置き換え、
および、一部は輸送力増強用などとして、1993年(平成5年)4月より
京浜東北線・根岸線、南武線に本格投入された。

これまでの鉄道車両の製造・整備の方法を全面的に改めた
新しい設計思想(バリューエンジニアリングの手法)が採用され、
JR東日本では本系列以降の車両を「新系列車両」として区分している。

車両デザインは栄久庵憲司率いるGKインダストリアルデザインが手掛けた。

1993年度通商産業省(現・経済産業省)選定
グッドデザイン商品(当時)金賞・ブルネル賞奨励賞受賞。

1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化後も、
JR東日本では通勤形電車として
国鉄時代に設計された205系を引き続き製造していた。
しかし、国鉄時代大量配備された
103系の老朽化による置き換え時期が近付きつつあり、
また経済事情の変化や民営化に伴うコストダウンの必要性から、
新しい設計思想に基づく新世代車両の開発が行われた。

その結果、1992年(平成4年)に新世代車両の試作車として
「901系」10両編成3本(30両、A, B, C編成)が登場し、
京浜東北線・根岸線で試用された。

新系列車両の開発に当たっては、
『重量半分・価格半分・寿命半分』が達成目標として掲げられた。
「重量半分」とは、編成単位での総重量の削減と動力車比率の引き下げによる
省エネルギー化およびメンテナンス性向上によるランニングコストの削減を
「価格半分」とは、一部に製造会社の自由度を認めることと大量生産による
調達コストの削減を意味している。
そして、「寿命半分」とは、新造から20 - 30年経過した際の車両の陳腐化や、
技術進歩の恩恵を受けられなくなることなどを避けるため、
税法上の鉄道車両の減価償却期間の13年間を大規模な分解補修を行わずに使用し、
その段階で廃車にした場合でも
経営上の影響を受けることがないようにするということが目的とされた。

京浜東北線・根岸線用の本系列は、
2007年(平成19年)12月22日よりE233系1000番台が本系列の配置数と
同数の830両投入されたことにより廃車・転用が進行し、
2010年1月で運用を終了した。

2010年(平成22年)2月現在、
0番台が南武線、
500番台が中央・総武緩行線と京葉線、
1000番台が常磐緩行線と乗り入れ先の東京地下鉄(東京メトロ)千代田線、
2000・2100番台が総武本線、成田線、内房線、外房線、
2200番台が南武線、
3000・3100番台が八高線・川越線で使用されている。

本系列はその後のE127系、E217系、E501系、701系の設計のベースとなり、
さらに通勤形電車と近郊形電車を融合させた「一般形電車」である
E231系や、E233系、E331系、E531系へと発展している。
本系列を起源とする「新系列電車」は、
JR東日本における電車設計の標準となっただけでなく、
他のJRや私鉄などの鉄道事業者の車両開発にも大きな影響を与えた。

0番台の一部電動車MM'ユニットを、
廃車後、クハ208形・クハ209形と同様の運転台を新設
(廃車の運転台は再用されておらず、全くの新造である)して訓練車に改造。
首都圏の訓練センターに残る、103・105系ベースの訓練機械を置換えるため、
2両編成3本が投入された。
旧モハ209・モハ208-76は大宮総合訓練センターに、
旧モハ209・モハ208-39(大船工場製)が横須賀線久里浜駅構内の
横浜支社総合訓練センターに、
旧モハ209・モハ208-40が武蔵野線新秋津駅構内の
八王子支社訓練センターにそれぞれ配置された。
いずれも機械扱いで車籍はない。

(Wikipediaより)

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走行音

JR根岸線 大船→港南台

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2010.03.08

E217系

神奈川県・久里浜駅にて撮影

神奈川県・久里浜駅にて撮影

神奈川県・逗子駅にて撮影

神奈川県・平塚駅にて撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

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E217系電車は、東日本旅客鉄道(JR東日本)の直流近郊形電車。

横須賀線と総武快速線で運用されていた113系の置き換えを目的として
1994年(平成6年)に登場し、同年12月3日より営業運転を開始した。
JR東日本が「新系列車両」として開発した
209系と同じ設計思想に基づいており、事実上、兄弟車両と言える。

首都圏の通勤輸送に対応するため、
近郊形電車としては初の4扉車両となり、
2階建てのグリーン車も登場した。

本系列のデザイン開発はGKインダストリアルデザイン研究所によるものである。

1995年(平成7年)度通商産業省(現・経済産業省)選定グッドデザイン商品
(現・日本産業デザイン振興会所管グッドデザイン賞、商品デザイン部門)受賞。

車両製造は川崎重工業、東急車輛製造およびJR東日本新津車両製作所、
同大船工場(現・鎌倉車両センター、中間車11両のみ製造)が行い、
1994年より大船電車区(現・鎌倉車両センター)と
幕張電車区(現・幕張車両センター)に集中投入され、
1999年(平成11年)12月4日のダイヤ改正をもって
横須賀線・総武快速線のすべての113系を置き換えた。

その後本系列の動向に変化はなかったが、
2006年(平成18年)3月18日のダイヤ改正より
幕張車両センター(千マリ)所属の全編成の所属が
鎌倉車両センター(横クラ)へ変更になった。
変更後、同形式は幕張車両センターにおいて車両留置のみとなった。
その後、一部の編成が国府津車両センター(横コツ)に転属し、
東海道本線に転用された。

本系列の後、近郊形電車の生産は「一般形電車」として統一された
E231系近郊タイプに引き継がれたが、
同系列の車体の基本構造や内装デザインに大きな相違はない。

本系列の計画段階では東海道本線への投入や
房総地区のローカル列車の置き換えを同時に実施する構想があり、
長期間113系と共存することが予想されたため、
量産先行車の2編成には非常時に113系と連結することを想定して
久里浜寄り先頭車にブレーキ読み替え装置が搭載された。
しかし、車両投入の方針が横須賀線・総武快速線の短期集中投入と決まり、
また併結試験において技術的な問題も出たため、
第3編成以降にブレーキ読み替え装置は設置されず、
量産先行車からも装置は撤去された。

運用区間は横須賀線・総武快速線を中心とするが、
総武本線千葉~成東間、成田線佐倉~成田空港・香取間、
鹿島線香取~鹿島神宮間、内房線蘇我~君津間、
外房線千葉~上総一ノ宮間にも入線する。

1999年(平成11年)10月19日より総武快速線錦糸町駅~千葉駅間で、
2004年(平成16年)10月16日のダイヤ改正より
横須賀線西大井駅~大船駅間でそれぞれ最高速度120km/hでの運転を開始した。

以前は付属編成のみが夜間帯に
千葉発成東行普通列車の運用に入っていた時期もあったが、
混雑が非常に激しかったため、数年で113系6両編成に置き換えられている。
これ以降、一部の分割併合列車を除き
房総各線のローカル列車に付属編成が単独で使用されることはなくなった。

2001年(平成13年)12月1日改正から2004年10月16日改正までは、
215系とともに、湘南新宿ラインの横須賀線~新宿駅折り返し運用も存在した。
前面種別幕は、新宿行列車では「普通」と表示された。

朝ラッシュ時の湘南新宿ライン増発による横須賀線運転本数の削減と
湘南新宿ラインのE231系への統一(2004年10月16日ダイヤ改正)により、
横須賀線・総武快速線のE217系には運用数に対して余剰車が発生した。
このため、鎌倉車両センター所属のE217系のうち15両編成3本(45両)が
東海道本線と伊東線の113系の置き換えのために国府津車両センターへ転属し、
2006年3月18日のダイヤ改正より運転を開始した。
転属したのは最初に製造された基本F01 - F03編成と付属F51 - F53編成である。
その後F02+F52編成は、更新工事施工による車両不足を補うため横須賀線に復帰し、
その穴埋めとして東海道線にはE233系3000番台の基本、
付属各1編成が新製投入された。

制御装置をGTOサイリスタ素子からIGBT素子に更新した編成は
前面部は「E217」ロゴを撤去した代わりにE233系と同じJRロゴと
「EAST JAPAN RAILWAY COMPANY」の文字が下部へ移動し、
帯の意匠も若干変化した(ただし、転落防止幌の帯のみ従来のままである)。

(Wikipediaより)

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▼E231500yamanoteさんの動画

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◎Google検索「E217」
  http://www.google.com/...

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2010.02.08

遠州鉄道 1000形 2000形

静岡県・新浜松駅にて平成21年9月に撮影

静岡県・遠州西ヶ崎駅にて平成21年9月に撮影

静岡県・遠州西ヶ崎駅にて平成21年9月に撮影

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1000形

1983年の鉄道線高架化に合わせて製造され、
現在7編成14両が在籍する主力形式。
全長19mの3扉車 (d1D3D3D1) である。

最終編成1007編成には、導入時遠鉄初となる
車内LED表示器が設置されていたが、
現在のように乗降口に千鳥配置ではなく、
車両の乗務員室扉上部に設置されていた。

営業運転開始直後はニュースや次駅名表示が行われ、
駅案内は英語もスクロール表示されていた。
現在のLED表示システムとは違うらしく、アンテナが1007号の屋根部、
無線アンテナの付近に設置(現在は乗務員室内)されていた。
撤去はされたものの、その痕跡が残っている。

導入後、ブレーキの制輪子摩耗低減のため、
制御車(Tc)に遅れ込め制御化改造が施された。

初期車両は台車がFS式であったが、
後期車両はボルスタレス式台車に改められている。

また、1001編成のみシングルアーム型パンタグラフに交換されている。

現在は全車両バリアフリー対応として、
1500の乗務員室後部、助士席側のシートが撤去され、車椅子スペースとなっている。

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2000形

1999年に登場したVVVF制御車で、現在4編成8両が在籍する。
車体の外観は1000系と同一で、目立った外観上の変化は無い。
シングルアームパンタグラフが標準で搭載されている。

2002Fからはワンハンドルマスコンに変更されるとともにドアチャイムが設置された。
2003Fは方向幕にローマ字表記が追加された。
4両運転の際には1000形と併結が可能。

2008年6月10日に4編成目 (2004F) が遠州上島駅から搬入され、
2008年6月27日94レ(西鹿島15:12→新浜松15:44)から営業運転を開始した。

インバータは三菱電機の新型、MAP-124-75V187形で純電気ブレーキ仕様に、
ブレーキ抵抗器は従来のインバータ装置に内蔵されていたものが外付けになった。
そのため強制冷却用のブロワファンがなくなった。

車内にはスタンションポールが新たに設置され、
エアコンにはドライ運転モードも追加されている。

(Wikipediaより)

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走行音

新浜松→西ヶ崎 1000形

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2010.01.21

わたらせ渓谷鐵道 わ89 100形 200形

栃木県・大間々駅にて平成21年8月に撮影

栃木県・大間々駅にて平成21年8月に撮影

栃木県・大間々駅にて平成21年8月に撮影

栃木県・大間々駅にて平成21年8月に撮影

車内にて平成21年8月に撮影

車内にて平成21年8月に撮影

車内にて平成21年8月に撮影

車内にて平成21年8月に撮影

車内にて平成21年8月に撮影

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わたらせ渓谷鐵道開業時に用意された軽快気動車で、
富士重工業製のバス車体を基本にした車体長15m級のLE-CarIIである。
前面貫通式。

100番台はロングシート、200番台はセミクロスシートを装備する。

当初の塗色は、車体下半分をベージュ、上半分を各車異なる色とし、
窓下に動物のシルエットを帯状に配するものであったが、
後に310形にあわせ、あかがね色に統一された。

また、各車に愛称が付されており、101が「こうしん」、
201が「くろび」、202が「けさまる」、203が「あづま」である。

なお、100形は2両あったが、102「ようがい」が
1989年5月14日に発生した落石事故により大破し、
同年7月1日付けで廃車となっている。

(Wikipediaより)

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走行音

わ89-200形 大間々駅→上神梅駅

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2010.01.05

今日の船土線 / 一畑電気鉄道3000系

一畑電気鉄道3000系電車は、
一畑電気鉄道(現・一畑電車)が1996年に導入した通勤形電車。

一畑電気鉄道(現・一畑電車)の車両近代化のため、
2100系に続いて導入された車両で、
本系列の導入によって北松江線の近代化が完了した。

南海電気鉄道21000系を譲受・改造し、
1996年(平成8年)12月27日に2連4本の計8両が竣工した。
編成はモハ3000形(Mc) - モハ3010形(Mc)となっている。

モハ3000型に設置されているパンタグラフは、
貫通路側のものが撤去されて1基のみとなり、
ワンマン運転用に前面窓両側にサイドミラーが取り付けられている。

前面側面ともに行先方向幕はなく、
前後の運転台の窓に行先が書かれたプレートが取り付けられている。

イエローを主体として、側窓下がホワイト、
側扉・前照灯周りがダークブルーで塗装され、
前面窓下には同じくダークブルーで太帯が描かれている。

車内はロングシートで、側扉付近に乗車整理券発行機を、
運転台後部に運賃表示機と自動両替機付運賃箱を設置している。

(Wikipediaより)

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今日の船土線 / 0系

新幹線0系電車は、1964年の東海道新幹線開業時に開発された
初代の新幹線車両である。

1964年から1986年まで38次にわたり、
改良を重ねつつ総計3,216両が製造された。

世界ではじめて200km/hを超える営業運転を達成し、
航空機に範をとった丸みを帯びた先頭形状と、青・白塗り分けた流線形の外観で、
初期の新幹線のイメージを確立した。

第8回(1965年)鉄道友の会ブルーリボン賞受賞。

1964年の開業から、東海道・山陽新幹線用として
足かけ44年にわたって運用されたが、
新型車両の登場や経年による老朽化から晩年は山陽新幹線区間のみの運転となり、
2008年11月30日定期営業運転を終了、
同年12月14日のさよなら運転をもって営業運転を終えた。

(Wikipediaより)

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昭島市・新幹線電車図書館にて

昭島市・新幹線電車図書館にて

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2009.12.26

秩父鉄道 機関車 デキ 100形 200形 300形 500形

▼デキ100形

第二次世界大戦後に日立製作所が日本各地の私鉄や専用線に供給した
50t級電気機関車の一つで、
デキ101、デキ102 - デキ106、それにデキ107・108の3グループに分類される。

埼玉県・武川駅にて平成21年5月に撮影

埼玉県・武川駅にて平成21年5月に撮影

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▼デキ200形

東京オリンピックの前年、1963年(昭和38年)に建設ラッシュで
セメント需要が増加したことから3両(デキ201 - 203)を日立製作所で新製したものである。
出力をデキ100形の200kW×4から230kW×4に増強。
定格引張力も9440kgに増し、制御ノッチも多段式になっている。
台車はL型軸梁式の片押しブレーキ方式という独特な構造である。
車体はデキ100形と同様の前面に貫通扉を設けたデッキ付きの箱形車体であるが、
丸みが増して、前面窓が上下方向に小さくなり、窓上にひさしがついた。
また、前照灯が2灯になっており、大型のライトケースに収められて
貫通扉の上部に取付けられている。
この前照灯は当初は白熱灯であったが、のちにシールドビームに変更されている。
貨物輸送量の減少により、デキ202・203が2000年(平成12年)6月30日付けで廃車になり、
中部国際空港建設用埋立土砂輸送にともなう入換用として三岐鉄道に譲渡された。

埼玉県・熊谷駅にて平成21年5月に撮影

秩父鉄道に残ったデキ201は、「パレオエクスプレス」用の
12系客車と同じ深緑に金色帯の塗装に変更され、
二代目のパレオエクスプレスをサポートする機関車になった。
現在は、パレオエクスプレスの広瀬川原(熊谷工場) - 熊谷間の牽引(回送)や
パレオエクスプレス運休時の貨物列車の牽引が主な用途である。
また、パレオエクスプレスのC58形故障時のパレオエクスプレス牽引は、
デキ201が先頭に立つ。

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▼デキ300形

1967年に3両が日立製作所で新製された。
1963年に製造されたデキ200形の特殊な部分を普通に戻した形態の機関車である。
制御ノッチは16段に戻り、新たに空転時に警報が鳴り
自動的に各台車進行方向側の主電動機が弱め界磁になるシステムが採用された。
台車は一般的な軸ばね式。
車体はデキ200形とほぼ同じで、ひさしがなくなり、避雷器が屋根上に移設された。
当初は前照灯は白熱灯であったが、のちにシールドビームに変更された。
現在でも3両全車が現役で活躍中。

埼玉県・武川駅にて平成21年5月に撮影

埼玉県・武川駅にて平成21年5月に撮影

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▼デキ500形

日立製作所製の直流用電気機関車である。501, 502は1973年に登場。
実質的にはデキ300形の増備機で、空気圧縮機がAK4から
高速型のC-1000に変更されたこと以外はほぼ同一。
ただし、塗装が従来の茶色から現在の標準色である青に白帯に変わり、
ライトがシールドビームになったことが外観上の識別点である。

埼玉県・武川駅にて平成21年5月に撮影

503, 504は1979年10月の三ヶ尻線開通に先立ち、同年3月に入線。
正面窓が大きくなりひさしもついた。

(文・Wikipediaより)

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▼tomaremiyoさんの動画より

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