鉄道写真2

2010.04.19

113系

神奈川県・北鎌倉駅~鎌倉駅間にて昭和61年9月15日に撮影

神奈川県・北鎌倉駅~鎌倉駅間にて昭和61年9月15日に撮影

神奈川県・保土ヶ谷駅にて昭和61年9月14日に撮影

神奈川県・戸塚駅付近にて撮影

千葉県・日向駅~八街駅間にて昭和61年5月31日に撮影

千葉県・日向駅~八街駅間にて昭和61年5月31日に撮影

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2009.09.22

201系

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

東京都・東京総合車両センターにて平成21年8月に撮影

奈良県・奈良駅にて平成20年10月に撮影

東京都・飯田橋駅~市ヶ谷駅間にて平成2年3月27日に撮影

東京都・飯田橋駅~市ヶ谷駅間にて平成2年3月27日に撮影

東京都・飯田橋駅~市ヶ谷駅間にて平成2年3月27日に撮影

東京都・東京駅にて昭和62年3月31日に撮影

東京都・東京駅にて昭和62年3月31日に撮影

東京都・東京駅にて昭和62年3月31日に撮影

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国鉄201系電車は、1979年(昭和54年)に登場した
日本国有鉄道(国鉄)の直流通勤形電車。

国電として初の電機子チョッパ制御(サイリスタチョッパ制御)を採用し、
電力回生ブレーキを装備した「省エネ電車」として設計・製造された。

主回路以外についても新機軸が多数導入され、
試作車完成の段階では次世代標準型通勤形電車として
鉄道業界などから大きな期待が寄せられた。
だが、当時の国鉄の財政事情では
電機子チョッパ制御器の製造コストの高さがネックとなり、
最終的に中央・総武・京阪神緩行線の3線区に対して
合計1,018両が新製投入されるにとどまった。

このため、その後の標準型通勤形電車は旧来の抵抗制御をベースとした
界磁添加励磁制御方式を採用し、新開発のDT50系ボルスタレス台車と
軽量ステンレス車体によって大幅な軽量化とコストダウンを実現した
廉価な205系に移行した。

1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化後は、
東日本旅客鉄道(JR東日本)および西日本旅客鉄道(JR西日本)に継承された。

また、本系列には派生系列として千代田線直通用の地下鉄乗り入れ仕様で
アルミ合金製車体を備える203系が存在する。

(Wikipediaより)

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走行音

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◎Google検索「201系」
  http://www.google.com/...

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2009.03.09

寝台特急 はやぶさ



神奈川県・戸塚駅付近にて撮影



神奈川県・東戸塚駅付近にて撮影



神奈川県・根府川駅周辺にて撮影



神奈川県・新鶴見機関区にて昭和61年8月6日に撮影



神奈川県・新鶴見機関区にて撮影



東京都・田端機関区にて撮影



神奈川県・大船駅にて撮影



鉄友からもらった写真



鉄友からもらった写真

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はやぶさとは、九州旅客鉄道(JR九州)が、
東京駅 - 熊本駅間を東海道本線・山陽本線・鹿児島本線経由で
運行する寝台特急列車(ブルートレイン)。
2009年3月14日のダイヤ改正で併結する「富士」と共に
廃止されることが正式に決定した。

JR運行の定期列車としては、
かつての併合相手「さくら」が2005年2月28日に廃止されたため
日本一の長距離旅客列車である。
ただし、臨時列車を含めると、「さくら」廃止以前から、
日本海縦貫線を経由して大阪 - 札幌間を運行する
「トワイライトエクスプレス」が日本一の長距離旅客列車である。

京都と九州方面を結ぶ「なは」・「あかつき」が
2008年3月14日発(始発駅基準)の運行をもって廃止されたため、
翌日の3月15日以降では併結する「富士」と合わせて
関東・東海・関西から九州へ直通する唯一の夜行列車にもなっている。

(Wikipediaより)

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◎Google検索「寝台特急 はやぶさ」
  http://www.google.com/...

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2009.02.02

江戸 お座敷客車 12系改造



神奈川県・新子安駅にて撮影



神奈川県・戸塚駅~大船駅間にて撮影



神奈川県・戸塚駅~大船駅間にて撮影



神奈川県・東戸塚駅付近にて撮影

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◎ジョイフルトレイン - Wikipedia
  http://ja.wikipedia.org/wiki/...

◎Google検索「江戸 お座敷」
  http://www.google.com/...

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2008.11.28

0系 初代新幹線 in 昭島

新幹線0系電車(しんかんせん0けいでんしゃ)は、
1964年の東海道新幹線開業時に開発された初代の新幹線電車である。

史上初の高速鉄道専用車輌として1964年から1986年までの38次にわたり、
東海道・山陽新幹線用車両として改良を重ねつつ、
合計3,216両が製造された。
ただし途中で老朽化した0系を0系新製車で置き換える方針に変わったため、
3,216両が同時に揃ったことはなく、
在籍両数の最大値は1976年の2,338両(うち2両は保留車)である。

航空機に範をとった丸みのある先頭形状と、
青・白塗り分けのスマートかつ愛嬌のある外観を備える。
初期の新幹線のイメージを確立した車両であり、
戦後日本の高度成長時代を象徴する存在として、人々から長く親しまれた。
1980年(昭和55年)頃までの書籍などでは
「旅客機を思わせる先頭部……」という書き出しで紹介されることが多かった。

第8回(1965年)鉄道友の会ブルーリボン賞受賞車でもあり、
日本の鉄道における史上最高の名車と評する鉄道ファンも少なくない。

2007年8月にはYS-11などとともに機械遺産として認定された。

2000年代に入った時点で既に大半が廃車されており、
2008年時点では山陽新幹線区間のみの運転であるが
2008年11月30日をもって営業終了予定。
その後は全車廃車処分が決まっている。

2001年にはイギリス・ヨークの国立鉄道博物館に先頭車1両 (22-141) が
西日本旅客鉄道(JR西日本)によって寄贈されている。
これ以外には、建築限界測定車として改造を受けた車両 (21-5035) が
台湾(中華民国)へ渡った。

なお、「0系」と呼ばれるようになったのは
東北・上越新幹線用の200系が落成した1980年頃からのことで、
それ以前は単に「新幹線電車」(しんかんせんでんしゃ)と呼ばれていた。
文献によっては「000系」と呼称していたこともある。

(by Wikipedia)

◎Google検索「0系」
  http://www.google.com/...

◎ありがとう0系新幹線 スペシャルサイト
  http://www.jr-odekake.net/...

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新幹線電車図書館として昭島で0系が活用されています。



“おはなしかい”などのイベントも。



返却ポスト



昭島市民で元新幹線に携わっていた人がいたことから整備されたそうです。



ヘッドライトの点燈や警笛、行き先幕なども動くそうです。



0系0番台後期の車両で、車番は21-100。


◎Google検索「新幹線電車図書館」
  http://www.google.com/...

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ラストラン時のGoogleロゴ

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2008.06.20

サロンカーなにわ



神奈川県・新子安駅にて撮影



神奈川県・大船駅にて撮影



鉄友からもらった写真

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1983年に登場した14系客車改造の欧風列車の7両編成。
「サロンエクスプレス東京」(現「ゆとり」)に続いて登場した。
スロフ14 703・704、オロ14 706~710 で組成されている。
大阪支社が保有、宮原総合運転所に所属。

初期の塗装は濃緑のベースに金帯の塗装だったが、
1994年春にリニューアル工事を受け、
緑のベースに黄帯の「トワイライトエクスプレス」に似た塗装になっている。
防弾仕様などを備えたVIP車両に整備されており、
お召し列車として運転された実績も多い。
編成を崩して5両や6両で運転されることも多い。

(Wikipediaより)

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◎Google検索「サロンカーなにわ」
  http://www.google.com/...

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2007.06.28

EF30

静岡県・沼津機関区にて昭和61年8月9日に撮影

群馬県・高崎第二機関区にて昭和62年8月3日に撮影

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EF30形電気機関車は、
日本国有鉄道(国鉄)が製造した交直流両用電気機関車である。

関門トンネルを挟む山陽本線下関-門司間では、1942年の開通以来、
直流専用のEF10形電気機関車が専用機関車として用いられていた。
しかし、1961年10月1日、鹿児島本線が交流電化される際に門司駅構内も交流電化し、
下関寄りにある関門トンネル入り口付近にデッドセクションを設置することになったため、
交直流電気機関車が必要となった。

そこで、直流電化区間である関門トンネルと交流電化区間の門司駅を直通できる
新形式交直流電気機関車としてEF30形が開発された。
本形式は世界初の実用交直流電気機関車でもある。

(Wikipediaより)

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◎Google検索「EF30」
  http://www.google.com/...

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シーサイドライナーヨコスカ

神奈川県・大船工場にて昭和61年9月7日に撮影

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1986年(昭和61年)に横須賀線の末端区間である逗子~久里浜間の
輸送力の適正化、高頻度運転化を図り大船工場にて1000番台2連を改装して登場したのが
「シーサイドライナーヨコスカ」である。

現在、この区間では最長11両編成の電車が運行されているが、比較的乗客が少なく不経済ともいえる。
国鉄末期、逼迫した財政事情を鑑みてこの区間の合理化が計画され、
逗子~久里浜間の普通列車に101系2・4両を投入、逗子で113系(当時)と接続させる案が考えられた。
このための車両が「シーサイドライナーヨコスカ」である。
塗色変更やヘッドマーク取り付けなどを行う意欲的な計画だったものの、
結局合理化はなされなかった。民営化のための車両数削減が原因ともされる。

現在、この区間はE217系が日中は4両の付属編成を中心に、
朝夕は逆に11両の基本編成を中心に運行されているが、近年は休日の日中の利用客の増加から、
休日は日中も11両の基本編成を中心とした運用となっている。

編成:クモハ101-1015+クモハ100-1015

(Wikipediaより)

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◎Google検索「シーサイドライナーヨコスカ」
  http://www.google.com/...

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つばめ 展望車

鉄友からもらった写真

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1930年(昭和5年)10月、東海道本線の東京駅~神戸駅間に運転を開始した特急「燕」。

東京駅~大阪駅間を、それ以前の特急「富士」に比して2時間半近く短縮する
8時間20分で走破し、「超特急」と称された(東京駅~神戸駅間は9時間)。

当時の長距離列車の例に漏れず、機関車に牽引される客車列車である。
一・二等専用だった「富士」、三等車のみだった「櫻」と異なり、
一・二・三等車全てを連結した初めての各等特急でもあった。

「燕」は最速列車として人気が高く、1931年(昭和6年)12月からは
同時間帯に臨時列車「不定期燕」を増発するほど好評を博した。

1934年(昭和9年)12月、丹那トンネルの開業で東海道本線が熱海経由となった。
距離・勾配が大幅に短縮・緩和され、東京駅~大阪駅間の所要時間は8時間にまで短縮している。
この記録は1956年(昭和31年)11月の東海道本線全線電化までの22年間、破られなかった。

(Wikipediaより)

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◎Google検索「つばめ 展望車」
  http://www.google.com/...

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2007.03.16

JR発足 -国鉄からJRへ-

2007年4月1日でJR発足20周年を迎えます。

国鉄からJRになる日、自分は東京駅にいました。
アルファベット2文字の会社になるなんて
嫌だー!と子供ながら涙していたのを覚えています。

もうあれから20年ですか・・。
今はこの時の流れの速さに涙です。w



JNRマークが消えるなんて信じられませんでした。



もうすぐ中央線から引退する201系 in 東京駅。



201系をもう1枚。
この頃は東京駅1・2番線はまだ高架ではなかったですね。



205系 in 神田駅。
やっぱりJRマークがない方がスッキリしてよかったなぁ。



運賃表。(下のオレンジカードも懐かしい)
まさかSuikaなるものが将来出てくるとは夢にも思いませんでした。



周遊券が懐かしいですね。



国鉄→JRと共に国電→E電となりましたが、いつの間にやらE電は・・w
JR発足20周年ポスター・鉄道の小箱さんより



旅立ちJR号が運行されました。



式典で使うタマゴ。



中身は何だったかな?( ̄。 ̄)



式典で使うカギ。



後ろのゴミが妙に気になりますが。w



旅立ちJR号が入線の時には大騒ぎでした。
夜にはパノラマエクスプレスアルプスも東京駅に登場しましたね。
TVで徳光さんが実況していた記憶があります。



というわけで、こんにちわ!(゜レ゜)
国鉄からJRになりました。



103系 in 田町駅。
JRマークが付いて怒りモードでの撮影でした。w



205系 in 田町駅。
この2枚の山手線も今となっては懐かしき姿ですね。

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◎Google検索「JR発足」
  http://www.google.com/...

◎Google検索「国鉄からJR」
  http://www.google.com/...

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